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世界史 政治用語

政教分離はなぜ必要なのか?日本と世界の政治と宗教の在り方を解説

政教分離という用語を聞いたことがあるでしょうか?現代の民主主義の政治を保つために、提唱、実行されている原理です。実は世界の政治問題を考えていく上で、政教分離の知識は欠かせないのです。

歴史的な経緯を踏まえて政教分離の定義とその必要性についてはじめから解説していきたいと思います。

政教分離とは何か?現代日本の政教分離原則

まず、政教分離の定義から説明をしていきます。政教分離とは、宗教と切り離して国が政治を行うとする考え方です。政府はあらゆる宗教に対して中立的な立場でなければならないということになります。

政府が特定の宗教を支持してしまうと、それが他の宗教の弾圧に繋がってしまいます。他にも、国家が特定の宗教の信仰を強制してしまうようになれば、日本国憲法で明記されている、私たちの信教の自由が脅かされてしまう恐れが生じます。特定の宗教の思想のみを強制するようになってしまえば、思想の自由も制限されてしまいます。

日本の政教分離は、第二次世界大戦後に日本国憲法で定められています。

戦前は、大日本帝国憲法で天皇中心の政治が規定されていて、国によって国家神道が形成されていました。信教や言論の自由は天皇の権力の下、制限された範囲でのみ保障されていたに過ぎませんでした。

国家神道が強化されていくようになると、軍事力で国全体を支配しようとする軍国主義が台頭し戦争が起こりました。国家が国民に思想統一を強制したことで、国家を武力で支配する極端な思想をもたらしてしまったのです。

戦後は戦争が起きた反省から、日本国憲法で民主主義のための国民主権を明記するとともに政教分離原則を20条で保障しました。それが今日の日本の政治に受け継がれているのです。

政教分離原則が生まれた歴史的経緯

では政教分離原則がそもそも生まれた、さらに古い世界の歴史の流れを遡ってみましょう。

現代で世界の三大宗教とされている仏教、キリスト教、イスラム教の起源は何千年も前の時代となりますが、人類の歴史の中で宗教的対立、特定の宗教への迫害は絶えず繰り返されてきました。政府が特定の宗教を信仰したり保護したりすることは当たり前でしたし、政治と宗教は密接に繋がっていたのです。

日本では、織田信長が仏教を弾圧し比叡山延暦寺を焼き討ちにした事件や、江戸時代の幕府によるキリスト教の弾圧が有名でしょう。

キリスト教の聖書の中でも、ユダヤ教を信仰するユダヤ人が迫害され土地を追われていく様子が描かれ、世界でも古くから迫害が行われてきたことが分かります。迫害が繰り返されてきた経緯から、世界では宗教と政治の在り方が度々議論され政策が行われてきました。

16世紀にドイツで起こった宗教改革で、ルターが提唱した福音信仰を重視したプロテスタント、旧来の教会の権威を提唱するカトリックの対立が起こりました。

教会側がルター派を認めず争いが続きました。しかしその後、アウグスブルクの和議で皇帝が各領土の諸侯はそれぞれどちらの教派も採用できると定め、いわば妥協案を提示しました。

同じく16世紀のフランスでは、神の絶対的権力を提唱したキリスト教のユグノー派の勢力が拡大し、大虐殺が行われた歴史があります。その後王家はナントの勅令を発令し、ユグノーにも信教の自由を与え、このユグノー戦争を終結させました。

このように、キリスト教の中で教派が分かれ、教派ごとの争いを生んできました。政治を行う国家も、いずれかの教派を信仰し密接に繋がっていました。その中でしばしば宗教に関して寛容にする政策が行われた歴史も存在したのです。

政教分離原則が法律で明確に規定され始めたのは、近代になってからです。

アメリカの合衆国憲法では議会が国教を指定することの禁止及び信教の自由が規定されています。

フランスでは、国の中で古くから現代までカトリック派が大半を占めています。しかし、1905年にカトリックの政治的な介入を禁止するために、政教分離法が定められました。信仰の自由、国家の宗教への中立性が保障されています。さらに、公教育の中での宗教教育の禁止を明記しています。

トルコはイスラム教が主流ですが、現代のトルコ共和国が建国され1924年に公布されたトルコ共和国憲法では、政教分離政策が初めて取り入れられています。それまでイスラム教が国教とされていましたが、憲法でそれを規定した条項が削除され、政教分離が国の原則となりました。

人類の宗教を巡る争いの中で、近代化に伴いようやく政教分離が確立されてきたのです。幾多にも争いが繰り返されてきた中で人類が学び、政治の在り方として宗教との分離を法律で厳格に取り決めるまでに至りました。

議論される政教分離の在り方

現代、日本では厳格に政教分離が定められ、実行されています。憲法の規定は政府が宗教に介入してはいけないということですが、宗教が政治に介入してはいけないという明確な決まりではありません。

国家側の信仰は規定していますが、宗教側の信仰、言論や政治活動は規定ができません。宗教側の権利を制限してしまうと、言論や政治活動、信教の自由を抑圧することになってしまいます。

宗教団体を母体とした政党はいくつかあり、宗教団体の政治的な介入はしばしば議論の対象とされています。議論はあるものの、依然として特定の宗教団体と政党との密接な関係は続き最終的な解決には至っていないのが現状です。

度々議論を巻き起こした、政府による靖国神社参拝は、国家神道から起こった軍国主義を肯定することになるのではないかとの批判を起こしています。政府が公的に特定の神社を参拝しているのが、政教分離に反するのではないかとの指摘があります。

世界の国々を見ると、政教分離を定めている国でも、国によって厳格に実行している国、緩やかな分離している国、とその程度は異なっています。

先に挙げたアメリカやフランス、トルコは法で明記されている通り、政治と宗教は明確に分離していなければならないとされています。

一方で、キリスト教・イスラム教・仏教と各宗教で国教として定められている国は世界に多数存在しています。

ドイツでは、宗教政党であるドイツキリスト教民主同盟が与党となっています。国家と教会は極端な介入はせずに特定の宗教の強制もしていませんが、宗教的な原理は政党の政治活動にも活かされています。緩やかな政教分離と言えます。法で宗教教育も肯定されています。

政治と宗教の関連性は、世界中の国によって形が違いますが、どの程度線引きするのか問題が起こることもあります。

まとめ

政教分離原則の定義、歴史から現代の形までを紹介していきました。国家が特定の宗教に傾倒してしまうと誤った方向に政治が進んでしまうこともあるため、その国に合った政教分離の形が必要とされているように思います。

政教分離は信教の自由を保障し、差別や抑圧を防ぎ民主主義政治を守るために生み出された原理であると考えています。

現代でも宗教対立で起こる紛争は多数発生しています。宗教は昔も今も、争いを引き起こす大きな要因になっています。

しかし、古くから、宗教は人々の心の拠り所でもありました。宗教の倫理教育による人格形成など、宗教と人間の生活は完全に切り離すことはできないと考えています。

宗教と政治をどのように関係させていくのか、どのような距離感を保っていくのか、2つの在り方が今後も議論されていくべきではないでしょうか。

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