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【日米安全保障条約改定から60年】日米安保条約とはどんな条約なの?

2020年2月4日

今から60年前の1960年。この時日本とアメリカの間で新しい安全保障条約(安保条約)が締結されました。

この安全保障条約が現在の日米同盟の要となっているのですが、その一方で基地問題などの問題もあるのも事実です。

でも、どうして日本の中にアメリカの基地があるのでしょうか?そして日本とアメリカの関係はどうなっているのでしょうか?

今回はそんな日米安保条約にスポットライトをあてて日本とアメリカの関係について見ていきましょう。

アメリカによる日本の占領

日本とアメリカの関係は1853年のペリー来航から始まりました。その後貿易関係などを通して関係が結ばれていましたが、1941年に日本はアメリカのハワイの真珠湾に攻撃。いわゆる太平洋戦争が起こってしまいます。

その結果、アメリカと日本は敵同士となり、その4年後の1945年8月15日に日本は降伏しました。

その後、日本はアメリカ主導のGHQによって連合国による占領状態に置かれてしまいます。

GHQは戦前に日本を主導していた政治家たちを逮捕したり、公職追放したりして民主化を推し進めていき、さらには大日本帝国憲法に変わる新しい憲法の日本国憲法を制定。この中で日本は憲法9条にて軍備を放棄することが決定しました。

こうして日本は新しい民主国家として生まれ変わると思われましたが、そういうわけにもいかないのが実情なんですね。

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サンフランシスコ講和条約と安保条約

こうして、着々とアメリカの下で民主主義の国となっていきましたが、1948年に中華人民共和国が成立。さらに占領中の1950年に朝鮮戦争が起こり、アメリカと日本の関係を見直す必要性が出ていきます。

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まぁ、前線基地の国に軍隊がいないのはアメリカからしたらいろいろまずいですからね。

そんな状況もあり、翌年の1951年にサンフランシスコにて時の首相であった吉田茂がアメリカら48カ国のと間でサンフランシスコ講和条約が締結。日本の主権は回復し、連合軍は一斉に撤退することになりました。

でも困るのが日本。日本は上にも書いたように憲法9条で軍備を全て捨てています。GHQは朝鮮戦争が起こると軍が朝鮮に行くこととなるため慌てて日本に警察予備隊の創設を命令。しかし、警察予備隊では守れるかどうかの軍備があるかは怪しい。またサンフランシスコ講和条約の時にも朝鮮戦争は継続中であるため安全保障条約を別に結んだのです。

安保条約とそれぞれの利点

安全条約の内容を簡潔にまとめると

ポイント

1.日本はアメリカに対して軍事基地を貸してね。アメリカは極東の平和を守り、外国や日本の革命勢力から守るから

2.アメリカの承諾もなしに他の国は軍を置くなよ

3.細かい決定は日米間で話し合おう

4.日米間で新しいルールを制定するまでこの条約は続くよ

 

 というもの。この安保条約がサンフランシスコ講和条約と同じ時に締結されたため、日本にはアメリカ軍が日本に残る状態となったのです。

アメリカのメリット

アメリカはこの当時、ソ連らといった社会主義国と冷戦状態に突入してきました。アメリカとソ連の間で戦争は起こらないものの、両国の熾烈な核開発競争の米ソの代理戦争などもあってかなるべくソ連に近いところに基地を置きたかったのです。

また、安保条約が締結している時にはまだ朝鮮戦争が継続していたため、アメリカはどうしてもアジアに軍事基地を持ちたかったのです。

ポイント

 アメリカのドミノ理論

アメリカが一気に日本の防衛を考えることになった理由の一つにアメリカが考えていたドミノ理論というものがありました。

ドミノ理論とは一個倒したらパタパタとすべて倒れるドミノの様に社会主義国がぴょこっと成立したらその勢いのまま周辺の国が全て社会主義国になるという理論です。

この当時中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国やベトナム共和国が成立している最中であったため、この理論は信用されていき日本の軍備を進める一つのきっかけとなりました。

日本のメリット

日本の最大のメリットは軍事費を考えなくても良くなったということ。

実は、戦前の日本な軍事費は最優先でかけられるものであり、基本的には30%をオーバー。戦争がなかった1920年代後半でも日本の国家予算の4分の1は使っていたのです。

しかし、軍事費をあまり考えなくてもよくなるとその分のお金を日本の復興や経済に当てることができるように。

今ですらGDPの1%を越えるか越えないかのラインにあるため、日本からしたらありがたい話であったのです。

あまりにも不平等!岸信介による改正

さて、お互いにメリットがあるこの日米安全保障条約には大きな問題点がありました。

なんとアメリカは必ず日本を防衛しなくてはならないとは書かれていません。

まず、日本からしたら(形式的には)軍隊を持っていませんのでアメリカが守ってもらえるかは死活問題。一方のアメリカは日本は重要な地域にある友好国だけどもし状況が変われば最悪見捨てることができるのです。

一見すると「これじゃアメリカの属国じゃねーか!!」と言ってしまうような事態。

このように、日米安全保障条約は独立国同士が締結したとは思えないほど不平等な条約だったのです。

 ここを問題視した日本側は、日米安全保障条約をより対等なものにすべく、改定に向けた努力を重ねていくことに。その集大成だったのが安倍晋三のおじいちゃんにあたる岸信介のときに結ばれた『日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約』(新安保条約)でした。

その内容は

ココがポイント

1.日米両方が憲法に従って日本を防衛していく

2. 日本とアメリカのどちらかが攻撃されたら片方の国は絶対に協力する

3.日米両国がお互いに経済協力して発展することに努めていく

4. 10年経過(1970年)したら1年ごとに自動更新。しかし1年前に予告すれば一方的に廃棄も可

と前の条約に比べればかなり日本と平等となったことがわかります。

こうして日本はアメリカと平等な形で安全保障条約を結べることができましたのさ…

とはならないんですよ。

 

日本国民の猛反対

安全保障条約をアメリカとの間に締結したら、次は国会に条約の可決をしなければなりません。しかし、この日米安全保障条約を結んだ岸信介にはとある過去を持っていました。

岸信介、実は東条内閣の商工大臣や国務大臣を歴任した人物であり、戦後には不起訴にはなったものの、A級戦犯として逮捕され、一時は巣鴨プリズンに拘置されていたのです。

さらに日本とアメリカのどちらかが攻撃されたら片方の国は絶対に協力するとあるため、もしもアメリカが攻撃されたら自動的に戦争となり、日本国憲法にある「交戦権を認めない」が意味をなさなくなる恐れもあったのです。

戦争を起こした内閣の閣僚✕戦争に巻き込まれる危険性=日本国民の大反発という構図となり、戦後日本で発生した最大の政治運動である安保闘争に突入することになったのでした。

日本の防衛は今

その後、日米安全保障条約はひとまずの期限である1970年以降も自動的に延長され今日にいたっています。

 改定から日米安全保障条約は議論の的になりながらも、大枠の部分では変わっていませんが、しかし現在日本を含む極東の構図は大きく変わろうとしています。

アメリカと対立していたソ連は1991年に崩壊。しかし、ソ連が消滅した代わりに中華人民共和国が台頭してくるようになり、さらには北朝鮮の威嚇攻撃も止むことはありません。

日本とアメリカはどのような付き合いをしていけばいいのか?日本の軍備はどうなるのか?改正から60年経った今だからこそ一人ひとりが考えなければならないのかもしれません。

 

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