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政治用語 豆知識

日本は立憲君主制!?立憲君主制について分かりやすく解説!

政治体制として立憲君主制を敷いている国は、現在40か国近くあるとされています。代表的な国としてはイギリスが挙げられ、現在の君主はエリザベス女王(エリザベス2世)になります。

日本でもイギリス王室は注目度が高く、メディアで取り上げられる機会も多いですよね。日本もまた立憲君主制とする意見もありますが、それについては多くの議論がなされています。

令和への改元で日本の天皇制への注目が再び高まっている今、改めて立憲君主制とは何かということを抑えておきましょう。

ここでは立憲君主制について、その成り立ちから分かりやすく解説していきます。

立憲君主制ってどんな体制?

立憲君主制とは君主による統治権が憲法によって制限される政治体制のことです。反対に、君主が憲法や法律を超えた権力を持つ政治体制を絶対君主制と呼びます。

君主とは世襲によって国家を治める最高位のことであり、王、皇帝、天皇などの位がこれにあたります。ただし現代の日本国憲法は天皇を君主として定めてはいません。

立憲君主制を敷いている国では、君主は憲法を順守して国を統治しなければならず、自身の権限で憲法を改正することもできません。

国家の最高位であっても、議会が定めた憲法と法律によって行政を制限されます。またイギリスのように君主を国の象徴と位置づけ、行政への関りは形式的になる場合もあります。

立憲君主制の国はどこがある?

2020年の現在、立憲君主制の国は40か国近くあるとされ、北欧、アジア、アフリカ地域で多く見られます。

ここでは主な立憲君主国をいくつか挙げておきます。

ポイント

〈ヨーロッパ〉

・イギリス

・オランダ王国

・スペイン王国

・スウェーデン王国など

〈アジア〉

・日本(※日本の立憲君主制については後述)

・カンボジア王国

・タイ王国

・マレーシア

・バーレーン国など

〈アフリカ〉

・モロッコ王国など

立憲君主制の成り立ちとその歴史とは?

立憲君主制は中世のイギリスで誕生しました。その成り立ちは西暦1215年のマグナ・カルタ(大憲章)まで遡ることができます。

マグナ・カルタとは、イギリス国王と貴族領主との軋轢が高まっていた当時、貴族や都市代表が協力して国王に提出した文書です。

その内容は王権の制限、貴族の権利、都市の自由等を求めるもので、当時の国王はそれを認めました。

マグナ・カルタは後の立憲君主制の礎になると共に、現在でもイギリス憲法を構成する重要な文書となっています。

その後中世末期になると当時の貴族階級が没落し、再び国王が権力を持つようになります。権力拡大を図る王室に対し、市民が革命を起こしたのが17世紀末です。

同時に資本主義を背景に市民も発言力を持つようになり、国王より議会が優位に立つという政治思想が生まれました。

これにより「君臨すれども統治せず」という立憲君主制の形が成立したのです。

イギリス式立憲君主制の確立

18世紀に入ると、イギリスでは内閣が事実上の行政権を掌握します。

19世紀には政党政治が大きく発展し、議院内閣制という政治形態が生まれ、イギリスは民主主義の規範を世界に示すことになります。

一方で君主であるイギリス国王は、1931年にイギリス議会より発表されたウェントミニスター憲章により、国家の象徴としての地位に就くこととなりました。

しかし現在でも、国王の君主としての地位はイギリス憲法によって保証されています。

イギリス国王は国王大権と言われる行政上の権利を持っています。

しかしそれを行使するには内閣や議会による助言が必要とされ、国王は慣例に従って振舞うのみとなります。

イギリス国王は主体的に行政に加わることはありませんが、現在も国民からの支持は高く、象徴として大きな影響力を保っていることが伺い知れます。

このような歴史を経て確立したイギリス式の立憲君主制は、他の立憲君主国の見本となり世界に伝わりました。

日本は立憲君主制?国民主権じゃないの?

日本が立憲君主国であるか否か、それは現在でも議論が続いています。イギリスと同様に、天皇は日本国憲法によって国民の象徴とされています。

しかし天皇が君主であるとは定められておらず、ここがイギリスとの違いです。ご存じの通り、日本における主権は私たち国民にあります。

行政は内閣が担当しますが、その内閣は国民の代表である国会が承認したものです。つまり日本の政治体制は、憲法に従って間接的に国民が統治する立憲民主制となります。

それでは何故日本は立憲君主制でもあると言われるのでしょうか?

天皇は君主なの?

明治時代に制定された大日本帝国憲法では天皇を日本の君主とすることが明記されており、日本はドイツ帝国みたいな君主の力が強い憲法の体制を敷いていました

その後第二次世界大戦の敗北により大日本帝国憲法は破棄され、GHQの草案を元に日本国憲法が制定されます。そこでは国民に主権があり、天皇は国民の象徴であることが定められました。

しかし日本国憲法には天皇は君主ではないという直接的な記述はなく、天皇を日本の君主であると解釈する余地も残されました。

象徴としての天皇はその立ち位置もイギリス国王と近く、実質的には限りなく君主に近い存在です。特に外交面では国家の代表としての側面が強く、日本の顔として諸外国と交流されています。

また、幾度も災害に見舞われた平成の時代に、天皇は多くの国民の希望となり規範を示しました。政治的な権限を持たずとも、国民への影響力が大きいことは間違いありません。

日本は立憲君主制でもある!

日本が立憲君主国でもあるされるのは以下の理由によります。

ポイント

・日本国憲法では天皇が君主であるか否かを明記していない。

・天皇の実際の振る舞いは、君主に限りなく近いものである。

日本の象徴天皇制は世界でも類がなく、学術的にどの政治体制に当てはまるのかと議論した際、立憲君主国と解釈することもできます。

しかし、あくまでこの解釈は学術上の分類におけるものです。

立憲民主制であろうと、立憲君主制であろうと、私たちの生活や日本という国のあり方が変わることはありません。

その為、日本が立憲君主国であるか否かを議論すること自体、無意味だとする見方もあります。

象徴天皇制という日本独自の体制の行く末は、主権者である私たち国民の行動に委ねられているのです。

立憲君主制のメリットは何?デメリットはある?

この章では立憲君主制のメリットとデメリットを見ていきましょう。

立憲君主制のメリットとしては以下のようなことがあります。

ポイント

・国内情勢が安定しやすい。

・国民の団結力が高まる。

君主は大統領のように数年単位で変わることは少なく、代替わりとなっても歴史と伝統を優先する傾向にあります。内閣など行政のトップが変わったとしても、国内の情勢が大きく変わることは少ないでしょう。

また象徴的人物が規範となる振る舞いを示すことで、多くの国民を一致団結させることができます。

これに関しては私たち日本人の良く知るところでしょうか。

災害時、天皇自ら被災地を慰安することで、国民の一体感を高める場面は多くありました。

立憲君主制のデメリット

立憲君主制のデメリットとしては以下のようなことがあります。

ポイント

・大きな改革を起こしにくい

・君主のクーデターにより独裁国家となる場合がある

国内情勢が安定するということは、逆に大きな国家改革が起こりにくいと言えます。

イギリスのEU離脱問題が泥沼化したことも、ある意味立憲君主制の弊害でしょう。

その是非は別として、日本における憲法改正が硬直していることもその一例です。

また戦時中に君主がクーデターを起こし独裁国家となった例もあり、未成熟な国では注意が必要でしょう。

おわりに

君主を持たない共和制国家では、中国のように短期間で驚くような成長を遂げた国があります。一方でアメリカのように、政権交代によって一瞬にして国内情勢が混乱してしまった国もあります。

立憲君主制は古い価値観だと思われるかもしれません。

しかし今の混乱したアメリカを見ていると、立憲君主制は安定した国家運営に適していると改めて思わされます。

日本もイギリスもそれぞれ大きな問題を抱えていますが、それでも国家としては安定しています。

経済的にも先行きが不透明な現在、安定した国家に住めることはありがたいことかもしれませんね。

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