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経済用語

レーガノミクスってどんな政策?背景・内容やアメリカに与えた影響をわかりやすく解説!

アメリカは1970年代後半から財政問題に悩まされていました。そんな中1980年11月の大統領選挙に勝利した元ハリウッドの俳優ロナルド・レーガンは8大統領に就任するや否や最優先課題としてアメリカ経済の再建を取り上げました。

今回は新自由主義的な政策としてとても有名なレーガノミクスが実施された背景や結果について解説していきたいと思います。

レーガノミクスとは

減税プランを説明するレーガン大統領

レーガノミクス(Reaganomics)とは米国の第40代大統領に就任したロナルド・レーガン(Ronald Reagan)の政権で行われた政策です。

アメリカの経済を健全化する為に複数の経済政策が実施され、複数の経済政策を合わせてレーガノミクスと呼ばれています。
1981年1月20日から1989年1月20日の間レーガン大統領任期中行われ、支持率は高く大統領の任期中高い支持率を維持し続けました。
減税・規制緩和・通貨供給量アップ・政府支出削減の混合政策であり、様々な成果を出していきました。

成功でもあり、失敗でもあったこの政策は今でも賛否両論が出ており、新自由主義としても有名です。

レーガノミクスは何故始まったのか

ベトナム戦争にて爆弾を投下するアメリカのボーイングB-52戦略爆撃機

まず当時のアメリカ(1970年代)の時代背景として

ポイント

・1965年から1975年までアメリカ介入のベトナム戦争が続いていた
・第二次オイルショックにより、原油の輸入量低下による国内生産量低下

の2点があげられます。

ベトナム戦争は北ベトナムと南ベトナム・アメリカの戦争でしたが、実態は資本主義と共産主義の戦いでした。当時アメリカには共産主義の国が出来ると、周囲も共産主義国になる、というドミノ理論がありました。

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その為、ベトナム戦争に勝利しなければ共産主義国が増えていく、それ故の戦争でした。アメリカとソビエトの冷戦も続いており、実際に戦ってはいませんが代理戦争の側面もあったようです。

また長く続いたベトナム戦争時、アメリカは多大な兵員、戦費を消費しました。長く続いた戦争を嫌う国民も増えていき、戦争の意義を問われる事になっていきます。
母国の為に戦うのではなく、他の国を守る為の戦争ですから、当然の流れと言えるでしょう。また、当時アメリカは北ベトナムのゲリラ兵を倒すためにはジャングルをまったいらにするために250万トンもの空爆を行っています。

これは第二次世界大戦時に日本に行った空爆が20万トン以下だった事を考えると莫大な戦費になったでしょう。
最終的にレーガン大統領の前のニクソン大統領の時代に終戦になりましたが、アメリカの敗北に終わり得るものはありませんでした。実際アメリカはベトナム戦争後、インフレに加え雇用も悪化、賃金も減少するスタグフレーションになりました。

貯金はインフレにより貨幣価値減少の結果、価値は下落、しかも賃金が減少するのですから国民の生活は苦しくなります。
この時点でのいくつかの1981年の指標を見てみると

ポイント

・インフレ率12%
・失業率7.5%
・金利(三か月債権)20.2%

となっています。

インフレ率とは一年でどの位物価が上昇したかを示す数値であり、12%去年より物価が上昇した事を意味します。(基本的には2%が良いとされる)。

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また、当時アメリカは財政的に赤字になっており、貿易も赤字になっていました。オイルショックにより生産力が低下していた為と、為替相場がドル高が維持されており貿易を行う際は不利であった事があります。

当時日本や西ドイツの国際競争力が上昇しており、アメリカ経済力は停滞していた為、国際競争力は低下していきました。

レーガノミクスの内容

ロナルド・レーガン大統領

レーガノミクスは強いアメリカを再建する為に始められました。

ポイント

・大規模減税、投資意欲と労働意欲強化
・資金を流入させる事でインフレを抑える
(初期は通貨供給量を下げましたが、景気は後退、逆の通貨供給増加に転換)
・規制緩和により出来る事を増やし、新しい競争意識を生ませる
・政府の歳出を削減し、支出を減らす

これらの政策を行う事で、経済活動を活発化させ税収を増加、その費用を軍事費に回していく考えです。小さな政府として歳出がコンパクトになれば、歳入が上回り黒字になり、その費用を回す発想です。理想的にいけば、軍事費を増強する事により再度強いアメリカが出現するはずでした。

ただ実際には政府の歳出を減らす、この点においては実現する事が出来ませんでした。
歳出を減らす為に省庁の削減なども行う予定でしたが、政治的な抵抗もあり、コンパクトな小さな政府化は出来なかったのです。その為、理想に至るまでの支出を減らす事が出来ず、財政赤字は逆に増大してしまいました。

減税による消費活動の活発化は実現できた為、インフレ率は10%から3.2%まで削減出来、失業率も改善、良い結果はもたらしました。そもそもレーガン大統領のレーガノミクスの主な考え方はサプライサイド経済学、需要ではなく供給面に注目したものです。

税金を減らせば、使えるお金が増えるので労働意欲は向上、投資と生産性は上昇、結果として税収も増える、といったものでした。
通過の供給も行いインフレも抑える、これらの考え方は良い方向へと進んでいました。

実際にМ&Aが流行し企業の再編成は進み、長く好景気は続きました。

減税政策として

ポイント

・個人の所得税を3年間一律10%
・最高税率を70から50%へ
・設備投資をした企業には現在実施

大規模なもので消費活動は活発化します。軍事費も増大しましたので、理想である強いアメリカには近づいては行きます。

ただ歳出は減らなかった為、好景気による歳入が上回る事はなく財政赤字の増大を招きました。

貿易赤字も増大し、双子の赤字と言われてしまいました。

レーガノミクスの結果、アメリカはどう変わったか

レーガノミクスは好景気を招き、軍事費も増大した結果、強いアメリカには近づきました。経済活動は安定し、失業率、インフレ率も低下した為、国民の生活は改善していきました。1989年にレーガン大統領は引退しましたが、高い支持率を維持し続けました。

2期8年間と大統領の任期を全うしたことを見ればわかるように長く政権は維持されており、これは34代大統領のドワイト・D・アイゼンハワー大統領以来の快挙です。
ただ財政赤字、貿易赤字は改善する事は出来ず、さら悪化させてしまいました。その改善策として、アメリカは1985年9月22日にニューヨークのプラザホテルでいわゆるプラザ合意を行います。
目的はドル高の是正であり、一年程で円ドル235円から150円台になりました。

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これはアメリカが貿易に有利になる為に行われたものであり、周囲の国々は輸出低迷、国内景気は後退や低迷を起こす事になります。
ですが、ドル安はさらに進行、1987年には120円位になりドルの安定化を目指すルーブル合意が行われます。その結果、ドル円は120台で安定しアメリカの貿易は安定化していく事になります。

また、レーガン大統領が引退した後は共和党選出であるジョージ・H・W・ブッシュ大統領と交代、ますますアメリカは発展していく事になります。

まとめ

レーガノミクスは財政赤字や貿易赤字は改善する事は出来ませんがアメリカ国内は良い状態へと移行していく事が出来ました。

財政赤字があった事を除けば、非常に良い流れが出来ており、アメリカは以後発展を続ける事になります。

レーガノミクスは否定論者からは科学的な根拠がないブードゥー経済と言われていますが、支持者には新自由主義である、と言われています。

この経済論は何が正解なのか、様々な論争が出ていますが、結果的にアメリカという国は改善されていきました。

ネックとなった貿易赤字はドル高からドル安にするプラザ合意、調整を行うルーブル合意により安定、周辺国を貿易面で不利にする事で改善へと繋げていきます。

ただし、一方的な為替相場の操作は周辺国へ損を押し付けた形になり、世界はアメリカ主導が続く事になります。

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