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経済用語

プラザ合意ってどうして行われたの?その内容や日本のバブル景気との関係を解説!

2020年5月8日

プラザ合意は、アメリカのドル高が発端となり、世界経済に大きく影響を及ぼした合意です。もちろん日本への影響も例外ではありませんでした。80年代の日本を象徴するあのバブル景気のきっかけになったとも言われています。

今回はプラザ合意の内容から、日本のバブル景気につながった流れまで順を追って詳しく見ていきましょう。

プラザ合意とは?

会場となったプラザ・ホテル

1985年9月22日、アメリカの呼びかけによりアメリカ・ニューヨークのプラザホテルに先進国五カ国(日本・アメリカ・イギリス・西ドイツ・フランス)の大蔵大臣と中央銀行総裁が集まり、G5が開催されました。

集められた理由は、簡単に言うと「過度なドル高になっている米国の状況を何とかしよう」という話し合いをするためです。この話し合いの中で、先に挙げた先進国五カ国間でドル高是正に向けて協調行動をするという合意がなされました。これがいわゆるプラザ合意です。

この合意の具体的な内容は、以下の通り。

 

・基軸通貨であるドルに対して、参加各国の通貨を一律10~12%幅で切り上げる

・そのための方法として、参加各国は外国為替市場で協調介入を行う

協調介入

為替相場の急激な乱高下で世界経済が混乱することの阻止を目的として為替レートを適正に安定させるために国々の中央銀行が協調して誘導介入がスムーズに行えるように連絡を取り合い為替市場に介入すること。

 

この会議の参加者

アメリカ:ジェイムズ・ベイカー

イギリス:ナイジェル・ローソン

ドイツ(当時西ドイツ):ゲルハルト・シュトルテンベルク

フランス:ピエール・ベレゴヴォワ

日本:竹下登

※当時の日本の総理大臣は中曽根康弘

このように、内容としては非常に重要で、各国の様々な意見が交わされてもおかしくないものですが、会議自体は20分程度で終了したと言われています。

そもそもなぜ過度なドル高になってしまったのか?

1981年にアメリカの大統領に就任したロナルド・レーガンの経済対策(通称:レーガノミクス)が原因と言われています。

レーガン大統領は、高インフレ抑制を実現させることを目的にして、軍事費や社会保障などへの予算拡大によって政府支出を大幅に増加させ、加えて減税を大規模に実施するなどの政策により、結果的にインフレの収束を目指していました。これによって金利は上がり、世界中の資金がアメリカに集中的に流入し、ドル高が進行しました。レーガノミクスの目的であるインフレの改善という目的は達成したものの、インフレが収束して景気が改善していくとともに、結果的に金融緩和が進行し、貿易赤字が増大してしまいました。それと同時にその時のアメリカは、戦後の積極的な財政運営やベトナム戦争などの軍事費によって財政赤字も抱えていて、いわゆる「双子の赤字」に苦しむことになってしまったのです。

プラザ合意の日本への影響とバブル景気

日本ではこのドル高の修正により、円は1ドル240円から1年が経つころには150円台にまで達するという円高が急速に進行しました。その影響で輸出が減少したため、国内景気は低迷することとなりました。その後も一貫してドル安が続いたため、今度は過度のドル安がアメリカのインフレ圧力が増すとの懸念が台頭し、プラザ合意から2年後の1987年2月にG7(G5にカナダとイタリアを加えたもの)が開催され、過度なドル安の進行を防止するためにパリでルーブル合意を成立させました。

この合意の具体的な内容は以下の通り。

経常収支の赤字国・黒字国が双方の責任として政策協調を行う

・変動相場制度を継続するもののミスアラインメントの発生時には協調介入を行う

このルーブル合意以降、為替相場は総じて安定することとなり、一定の効果はあったもののドル安の勢いは止められず、ドル安傾向は継続することとなります。

日本政府はこれらの対応策として、内需経済の拡大による経済成長促進を目指して、国内需要の充実、公共投資の拡大などの積極的な財政をとることになります。さらに日本銀行は公定歩合の引き下げを行い金融緩和を実施。これらの影響で、不動産・株式などの資産価格が高沸し、いわゆるバブル景気が起こることとなりました。

プラザ合意がすべての原因ではないものの、バブル景気の起点であることは間違いありません。

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