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世界史 政治用語

ペレストロイカってどんな意味?背景・内容・結果についてわかりやすく解説!

1980年代半ば、ソ連のリーダーとなったゴルバチョフは硬直したソ連の政治や経済を立て直す改革を宣言しました。ペレストロイカの始まりです。ペレストロイカはグラスノスチ(情報公開)や政治改革、新思考外交、経済改革などソ連のありとあらゆる面を改革する運動となっていきます。
ところが、ソ連を復活させるはずのペレストロイカがソ連にとって命取りとなりました。どうして、ペレストロイカが失敗しソ連が崩壊したのでしょうか?今回は、ペレストロイカの意味や背景、内容、結果についてわかりやすく解説します。

ペレストロイカとは何か?

ペレストロイカをアピールする切手

ペレストロイカは1980年代後半にソ連で進められた改革運動のことです。「ペレ」はロシア語で「再び」、「ストロイカ」は「構築・建築」という意味の言葉です。ソ連を再構築するという意味になります。
ソ連の指導者ゴルバチョフは社会主義体制の範囲内での改革を目指しました。しかし、ゴルバチョフは高まる国民の不満を抑えきれず、ペレストロイカは社会主義体制や連邦制の崩壊につながってしまいました。

ペレストロイカの背景となったソ連の低迷

ゴルバチョフがペレストロイカを行った背景には、ソ連の政治・経済両面での行き詰まりがありました。
1964年から1982年にかけてソ連の指導者はブレジネフでした。ブレジネフ時代は安定していましたが、ソ連は停滞期を迎えます。
ソ連の政治は共産党官僚たちが中心となり、新しいことへの挑戦の意欲が乏しくなりました。加えて一部の高級官僚(ノーメンクラツーラ)は経済的に恵まれ、特権階級になります。
計画経済もうまくいかなくなり、国民は慢性的な物不足や低品質な品物に不満を募らせました。同じころ、西側世界では科学技術や経済力が飛躍的に向上していたため、ソ連を含む東側とアメリカ中心の西側の経済格差は開く一方でした。
中でも経済生産性の遅れは深刻で、鉱工業では3.5分の1、農業では5分の1でした。

ペレストロイカの内容

当初、ペレストロイカは社会主義の枠内で行う経済改革でした。しかし、改革は経済にとどまらず、政治や外交に及びました。グラスノスチが進み、複数政党制の導入も決まりました。
ゴルバチョフは冷戦を終結させ、東欧諸国の自主性を認める新思考外交も展開します。ところが、肝心の経済改革がうまくゆかずペレストロイカは行き詰まってしまいました

チェルノブイリ原発事故とグラスノスチ(情報公開)

ゴルバチョフは、それまで共産党の統制下にあったマスコミに報道の自由をみとめます。また、これまで機密事項とされていた国や軍の情報も公開されるようになりました。
グラスノスチの重要性を認識するきっかけとなったのが1986年に起きたチェルノブイリ原発事故です。核融合炉がメルトダウンする大事故だったにもかかわらず、ゴルバチョフへの報告が遅れました。
そのため、ソ連政府の対策は後手に回り続け国際社会から厳しい批判を受けます。事故発生について詳しく知らされなかった周辺住民は多くの犠牲を出しました。死者は少なく見積もって4万人以上、被害者は数百万人にも及ぶと推定されます。
情報公開の重要性を認識したゴルバチョフは政府や共産党に情報開示を強く命じました。この情報公開はスターリンやブレジネフ時代に粛清された人たちの名誉を回復する歴史の見直しにつながります。

新思考外交

INF全廃条約に署名するゴルバチョフ

ゴルバチョフは西側との関係改善や東側諸国との関係見直しをおこないました。ゴルバチョフが始めた新しい外交を新思考外交といいます。
まず、米ソ二大国による対立(冷戦構造)を否定し、日本や西欧を含む西側諸国と関係を改善します。これによって、西側との経済的結びつきをつくろうとしました。また、新思考外交は核軍縮にもつながります。
そして1989年のブッシュ大統領との会談(マルタ会談)で冷戦の終結を宣言しました。

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もう一つは東側諸国との関係見直しです。ブレジネフ時代の東欧諸国の主権を制限する制限主権論を止め、東欧諸国の自立や民主化を容認しました。このことは、ベルリンの壁崩壊につながります。

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政治改革

ゴルバチョフのペレストロイカに対し、特権を奪われかねない共産党の官僚たちは自分たちの既得権を守るため、ゴルバチョフの改革に抵抗しました。ゴルバチョフは抵抗を排除するため政治改革に踏み込みます。
グラスノスチで軍や政府の情報を国民に開示するだけではなく、複数候補者制度を導入し政治の民主化を進めます。1989年には複数候補者制度による初の人民代議員選挙が行われました。
また、1990年には共産党一党支配の否定や大統領制の導入など、ソ連を支える根本的な内容にまで踏み込んだ政治改革を行いました。

経済改革

ゴルバチョフは国が生産や販売を独占する計画経済をあらため、市場経済の導入を目指しました。具体的には、国営企業の改革や個人営業の許可、価格の部分的自由化などです。
1987年には軍事や重工業に偏っていた工業生産を、冷蔵庫やテレビなど民間で必要な生活必需品の生産に振り向ける軍民転換プログラムも開始します。
とはいえ、社会主義の根本である計画経済をすべて廃止したわけではありません。そのため、ゴルバチョフの経済改革は不十分なものとなりました。
しかも、価格の部分的自由化の影響で商品価格が値上がりしました。改革によって生活水準が向上することを期待していたソ連の人々はゴルバチョフの改革に失望します。

ペレストロイカの結末

ゴルバチョフが推進したペレストロイカは、経済改革にとどまらず政治改革や外交関係の見直しにまで及びました。これに危機感を抱いた共産党の保守派はクーデタを起こしゴルバチョフを軟禁します。
これに対し、エリツィンらロシア共和国政府はクーデタに反対しゴルバチョフは解放されました。しかし、解放後のゴルバチョフは権力を失い、ソビエト連邦は崩壊します。

保守派のクーデター

ゴルバチョフのペレストロイカは、共産党幹部たちが持っていた特権を奪い取ろうとするものでした。これに抵抗したいヤナーエフ副大統領、ヤゾフ国防相、クリュチコフKGB議長などはゴルバチョフ排除の動きを強めます。
1991年にバルト三国が独立を宣言すると、ゴルバチョフはバルト三国などの自治権を大幅に認めることで連邦制だけは維持しようとしました。これを知った保守派は、バルト三国への妥協はソ連の崩壊につながると大反発し、クーデターを起こします。
1991年8月19日、クリミア半島の保養地に滞在していたゴルバチョフが保守派によって軟禁されました。保守派はヤナーエフが大統領代行となり政権を担うと宣言します。
これに反発したのがロシア共和国大統領のエリツィンでした。エリツィンはモスクワ市民と共にクーデター反対の運動を起こします。軍の大半もエリツィンを支持したためクーデタは失敗に終わりました。

ソ連の崩壊

クーデターは失敗に終わり、ゴルバチョフはモスクワに戻りました。しかし、クーデタによってゴルバチョフの権威は失墜します。かわりに主導権を握ったのはエリツィンでした。
1991年8月24日、ゴルバチョフは共産党書記長を辞任しソ連共産党の解党を宣言します。同年12月、ゴルバチョフはソ連大統領も辞任しソ連は崩壊しました。

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まとめ

1985年に指導者となったゴルバチョフはソ連の危機的状況を立て直すためペレストロイカとよばれる改革を始めました。ペレストロイカは経済だけではなく政治や外交面にも及び冷戦終結など新しい世界へ大きく前進していくことになります。しかし、肝心の経済対策がうまくいかないことでペレストロイカは行き詰まり、そしてソ連は崩壊したのですね。

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