スポンサーリンク

世界史 政治用語 日本史

世界を揺るがしたニクソンショックって何?理由から日本への影響についてわかりやすく解説!

2020年8月22日

世界を揺るがした大事件、それがニクソンショックです。その結果として世界のフレームワークは大きな修正を迫られることになりました。今の世界はその結果誕生したものといってもあながち誇張ではありません。

今回は現代史の重要な転換点であるニクソンショックについて説明していきます。

ニクソンショックとは?

リチャード・ニクソン大統領

ニクソンショックとはアメリカ合衆国大統領であるリチャード・ニクソンが1971年8月15日に全世界に向けて公表した声明、それがニクソンショックと呼ばれます。具体的には、次の3点が主要な政策目標として挙げられています。

ポイント

・ドルと金の交換停止
・10%の輸入徴課金
・90日間の賃金・物価および地代・家賃の凍結

このほかにも、当時泥沼化していたベトナム戦争からの撤退・ニクソンの訪中宣言など、重要なステートメントもありましたが、世界に与えたインパクトとしては1番めの「ドルと金の交換停止」に注目する必要があります。なぜそれが重要なのでしょうか。

ドルと金の交換停止

そもそも、貨幣はなぜ価値があるのでしょうか。1万円札はどうして1万円の価値をもつのでしょう。それは、1万円札には1万円の価値があると多くの人が認めているからです。これでは循環論法ですが、実際そうなのでしょうがありません。現在では紙幣はただの紙にすぎませんが、かつては、紙幣を銀行にもっていけば金額に相当する金塊と交換してくれたものでした。1万円札は1万円分の金塊に等しかったのです。つまり、紙幣の価値を担保するのは実物の「金」だったのです。これを「金本位制」といいます。

こちらもCHECK

金本位制ってどんな制度?始まりからメリット・デメリットについてわかりやすく解説!

グローバル社会となった現代において、国同士の貿易はもはや当たり前のものになっています。 この貿易を成立させているのが外国為替の存在です。しかし、昔はの変動する為替相場は存在しておらず、「金本位制」とい ...

続きを見る

ニクソンショック以前の世界は、この金本位制とドルを紐づけした制度を採用していました。金と交換できるのはドルだけ、というルールがあったのです。そしてこの結びつきを断ち切ったのがニクソンショックだったのです。

政策転換の原因

なぜこのような転換が必要だったのでしょうか?それは、アメリカの経済状況に原因がありました。

ベトナム戦争に介入したことで増大する国防費と、さらにニクソンの前任者である民主党のジョンソン大統領による社会保障費の増大です。国防費と社会保障費の増大は、アメリカにインフレーションと失業を招きました。

連邦政府財政は日に日に悪化の一途をたどっていきます。共和党のニクソンが大統領に就任したとき、増大する財政赤字とベトナム戦争と、2つの大きな問題に直面しなければなりませんでした。もはやドルの金交換に応じる余力がないほど、アメリカはひっ迫していたともいえます。ニクソンショックは、もはやこの体制が維持できないことの告白でもありました。世界経済が新たなフェーズに入った証だったのです。この金とドルを紐づける体制、この制度はいつ誕生したものなのでしょう。つぎにその点を見ていきます。

第二次大戦後に誕生したブレトンウッズ体制

ブレトンウッズ体制とは、第二次大戦後の混乱した世界を安定化させるための枠組みです。具体的には、金に担保されたドルを決済手段として用いることで、世界貿易を円滑かつ安定的に発展させることを目的としています。ブレトンウッズ体制を支える柱として、次の2点に注目しましょう。

ポイント

・IMF=ドル体制
・GATT体制


それぞれを説明していきます。

IMF=ドル体制

IMF(国際通貨基金)の設立は1944年です。その目的は、国際貿易を安定化させ、世界秩序の維持に貢献することです。そもそも、第二次大戦ぼっ発の遠因は、世界恐慌から始まった経済の収縮に対処するため、各国がブロック経済政策を採用し、近隣国の窮乏と引き換えに自国経済の保護を優先した結果でした。その反省から設立されたのがIMFなのです。このIMF=ドル体制の特徴は、基本的には戦前からの金本位制の継承ですが、そこにワンクッションとしてドルを挟んだところにあります。金1オンスを35ドルとして固定し、国際貿易の決済通貨としてドルを採用したのです。各国通貨はドルとの効果比率を固定し、そのことで戦前のような為替切下げによる自国本位の経済政策を採ることを防ごうとしたのです。ドルが実質的に基軸通貨となったわけですが、ここで疑問も浮かびます。わざわざドル・金という枠組みを採用しなくとも、ドルだけでいいのではないか。やはり当時はまだまだ金本位制の観念から自由ではなかったのです。金の担保をもたない通貨に対する不信感が根強かったといえます。

GATT体制

GATT(関税貿易に関する一般協定)は1948年に発効しています。その目的は自由貿易の確保です。関税によるブロック経済圏の防止により、世界経済全体の活性化を目指したものです。これも戦前の反省から生まれた措置といえます。IMF=ドル体制とともに、戦後世界経済の発展に大いに寄与しました。ところが、ニクソンの方針転換には「10%の輸入徴課金」も含まれており、あきらかに自由貿易の原則に反します。

GATTの原則に反するニクソンショックによって、アメリカは保護主義的になっていき、各国との貿易摩擦を引き起こしていくのです。このように、戦後世界経済の枠組みの方針転換がニクソンショックだったわけですが、どのような影響を世界に与えたのか、興味深いところです。日本に焦点をあてて、ニクソンショックの影響を見ていくことにします。

ニクソンショックの影響

日本への影響

日本では「円の切り上げ」という現象が発生します。当時、ドル円は1ドル=360円の固定相場でした。この固定相場によって輸出企業は大きな利益を得ていましたし、そのことで戦後日本の復興も加速していったことは事実です。しかし、ニクソンショックによってこの固定相場が崩れ、円高ドル安相場となります。円高は輸出企業にとっては悪影響です。またアメリカにとってもドル安は輸入にマイナスに働きます。アメリカのインフレは一向に改善しませんでした。アメリカ経済が再活性化するには、1980年代のレーガノミクスを待たねばなりません。

固定相場制から変動相場制へ

円高による急激な貿易環境の変化によって損失を被ることを恐れた日本は、各国と協調していったんは固定相場制の維持を目指します。これをスミソニアン体制といいますが、これも長続きしませんでした。1ドル=308円の固定相場で合意を得ましたが、各国の協調もむなしく1973年に変動相場制に完全に移行します。

高度経済成長の終焉

日本にとって不運だったのは、変動相場制への移行とほぼ同時期に中東で戦争がはじまり、オイルショックにも見舞われたことです。「狂乱物価」といわれるほどのインフレが発生したことで、生活必需品の買い占め、さらに戦後初のマイナス成長になるなど、泣きっ面に蜂の状態になります。デフレに苦しむ現在の日本から見れば、インフレで混乱するというのはまさに隔世の感がありますが、この一連の騒動によって日本の戦後経済成長は終わりをつげ、産業構造の改革に着手せざるを得なかった企業の努力により、やがて来るバブルが用意されたともいえます。

まとめ

ニクソンショックによって、金本位制は過去のものとなり、かわって管理通貨制度が世界のスタンダードになりました。しかし、管理通貨制度は非常に不安定なシステムでもあります。

実際ニクソンショック後1987年にはブラックマンデー、1991年には日本のバブル崩壊や90年後半にはアジア通貨危機、2008年のリーマンショックがおこり、管理通貨制度を巻き込む大騒動へとつながっていくことになります。

ニクソンショックはまさしく現代の世界の金融市場を形作る重要な転換点だったのです。

スポンサーリンク

こちらもおすすめ!

1

ニュースや新聞で世界情勢の話題になったとき、「国際連合」というワードを聞いたことはありませんか?最近でいうと昨年、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんが各国首脳の前でスピーチして話題になりました。中学 ...

2

1914年から1918年にかけてヨーロッパでは第一次世界大戦が繰り広げられていました。 そしてこの戦争はヨーロッパの体制を根本から崩すこととなり、現在にもつながる影響も残すことになったのです。  今回 ...

3

世界の政治体制は、それぞれの国によって違っています。同じ民主主義国家でも、国によって大統領制をとっている国、議員内閣制の国と、政治体制の採用が違っているのです。 日本は、御存じの通り、議院内閣制を採用 ...

-世界史, 政治用語, 日本史
-, ,

© 2021 レキシデセカイ Powered by AFFINGER5