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政治用語 日本史 豆知識

大日本帝国憲法ってどんな憲法?日本国憲法との違いや成り立ちについてわかりやすく解説!

2020年8月22日

日本の近代歴史を語る上で欠かせない存在なのが、「大日本帝国憲法」。実に50年以上にわたって施行され続け一度も改正がなかった憲法です。

今回はこの大日本帝国憲法の成り立ちや現憲法である日本国憲法との違いを解説していきたいと思います。

大日本帝国憲法の成り立ち

大日本帝国憲法を制定しようとしたきっかけはやはりこの当時日本は先進国になるための努力をしていたことにあります。そしてその集大成となっていたのが憲法制定だったのです。

近代国家になるために憲法を作る

大日本帝国憲法がまずなぜ作られたのかという事を語っていきましょう。これは一言で言うと、「近代国家であると他の国に認めてもらうため」となります。
例えば、日本で外国人が罪を犯したときに、「切り捨て御免!」なんて国外国人が足を踏み入れたがるでしょうか。怖い国、自分たちの常識の範囲では理解することができない国。なんて印象を抱くでしょう。だから領事裁判権を制定したのです。
貿易をしたり、外国との交渉や交流をするときに、「うちの国はこうこうこういうルールになってますよ」というルールブックが必要になったわけです。そのために作られたのが大日本帝国憲法となります。この憲法を作ることによって、「野蛮な民族のわけのわからない国」ではなく「文化的な近代国家」であると諸外国に知らしめる狙いがあったのです。

参考にしたのはドイツの憲法

さて、イチから国のルールを作るのは難儀なもの。そこで他の国の憲法を参考にしようと、日本はヨーロッパへ伊藤博文らを中心とした使節団を送ります。ヨーロッパの憲法を調べるうちに、伊藤博文たちはドイツ帝国の憲法がもっとも日本に合っているのではないかと結論付けました。天皇を中心とする日本、プロイセン国王を中心とするドイツ帝国、立場が非常に似ているからこれを参考にしようと考えたわけです。
そうして、そのドイツ帝国憲法を参考にして作られたのが大日本帝国憲法となります。

大日本帝国憲法の問題点

憲法公布の様子

こうして成立した大日本帝国憲法。アジアではオスマン帝国のミドハト憲法の次にできた憲法であり、ちゃんと施行されたアジア初の憲法でもあります。

しかし、この憲法にはとある重大な穴が存在していたのです。

大日本帝国憲法の穴

大日本帝国憲法成立後、近代国家への道を歩む日本でしたが、この大日本帝国憲法には「穴」がありました。
大日本帝国憲法は「天皇にすべての権限がある」と言うのが特徴です。「軍隊は天皇が統帥する」「天皇は帝国議会の協賛で立法権を持つ」など国の大事なことはすべて天皇が決めてよいとなっているのです。
ではこの天皇が「決めるのをやめた」としたらどうでしょうか。実はそれを行ったのが昭和天皇です。
昭和天皇は「君臨すれども統治せず」との立場を貫きました。現代の天皇と同じような立場です。そうなると、いったい誰が国のかじ取りをするのでしょうか。
現代だと総理大臣を中心とした内閣が国のかじ取りを行いますが、しかし実はこの大日本帝国憲法には、内閣についての記述が無いのです。大日本帝国憲法には「国務大臣が天皇の補佐をして政治をする」とはあるのですが、総理大臣が一番偉いから全て取りまとめて政治をしてね、とは書いていないのです。
国務大臣は全員同じ立場、内閣内で意見が分かれた場合、現代ならその大臣を総理大臣が罷免すればよいのですが、同じ立場なのですから内閣自体を総辞職するしかないという困った組織になってしまっていたのです。

そして戦争へ

そんな困った組織になってしまっていた内閣。そんな中暴走を始めたのが軍でした。大日本帝国の軍隊についての記述を見てみると「天皇は陸海軍を統帥す」とあります。
ここで先ほどの「君臨すれども統治せず」を貫く昭和天皇の登場です。統帥しない上、先ほどの「天皇は陸海軍を統帥す」の文言には内閣や国務大臣などと言った記述がありません。
ということは、軍は実質内閣や大臣の影響を受けず、さらには「君臨すれども統治せず」を貫く天皇の影響も受けることなく独自に動くことができると解釈できたのです。
こうなるとたどる運命はひとつ。戦争です。軍は独断でどんどんと諸外国への作戦を実行していきます。日中戦争の長期化、太平洋戦争、そして敗戦でした。

日本国憲法へ改正

終戦後日本国憲法へ

敗戦後、戦争の悲劇を繰り返さないようにできたのが現憲法である「日本国憲法」です。
この憲法はマッカーサー率いるGHQの監督のもとに作られました。この憲法で重視されているのは、「戦争を起こさせない」ということ。敗戦国である日本はアメリカの統治下におかれており、アメリカとしてはこの島国がもう一度牙をむかないように法律で決めてしまおうと考えたのです。
こうして世界でも珍しい「戦争をしない国日本」が生まれました。

大日本帝国憲法と日本国憲法の違い

こうして日本には大日本帝国憲法と日本国憲法の二つの憲法が成立したことになりましたが、この二つの憲法にはいろいろな違いがありました。

主権の違い

大日本帝国憲法と日本国憲法との違いは、「主権が誰にあるか」という事です。大日本帝国憲法では主権は「天皇」にありました。しかし日本国憲法では主権は「国民」です。これは、国の大事なことを決めるときは、大日本帝国憲法時代なら天皇が決めていい、となっていたところを、日本国憲法時代である現代では国民全員で決めなくてはいけない、ということになります。
国民投票なんて言葉を聞いたことがあると思います。これはこの「国民主権」によって行われる投票なのです。
主権の移り変わりによって天皇は現代では「統治するもの」ではなく「象徴するもの」として扱われていきます。すなわち、国政には関与せずに日本のシンボルとなったということです。

権利の違い

大日本帝国憲法と日本国憲法では国民の権利というもの大きく違ってきます。
大日本帝国憲法は「法律の範囲内で自由や権利を認める」とあるのに対して、日本国憲法では「永久不可侵の権利として、基本的人権を保障する」とあります。
これはどういうことかというと、大日本帝国憲法は「法律に違反していないのなら色々自由にしていいし権利も保証するよ」ということ、言い換えるなら「法律に則っていないなら人権や自由は保障できかねる」ということです。大日本帝国憲法では治安維持法の拡大解釈による人権の蹂躙など、人権の保障が不十分であったため、基本的人権は日本国憲法では「永久不可侵」との文言まで入れた非常に価値の高いものであると記されているのです。

義務の違い

徴兵制の有無が大日本帝国憲法と日本国憲法での大きな違いです。大日本帝国憲法では、「兵役の義務」というものがありました。これを「国民皆兵」と言い、戦争が起こった場合には国民全員で戦争に参加するということになっていました。
日本国憲法では戦争をそもそも放棄しているので兵役の義務はなくなり、勤労の義務が追加されました。
その他の義務は、両社とも共通で「納税の義務」「教育を受けさせる義務」となります。

国会や内閣の違い

国会や内閣も大日本帝国憲法と日本国憲法とでは大きく違いがあります。国会や内閣は「天皇主権」の大日本帝国憲法においてはあくまで補佐役。天皇の決めたことに副署をする、協賛すると言った形で政治に参加していました。
日本国憲法では国会は国の権利の最高機関、内閣は国会の責任を負う機関として機能しています。大日本帝国憲法時代だと先述したように内閣の力が弱かったのに対して、日本国憲法では国の最高機関として政治を行うようになったのです。

戦争をしない国へ

近代国家への足掛かりとして生まれた大日本帝国憲法。初めて作った憲法という事で、穴があることもお分かりいただけたかと思います。この憲法の穴によって起こってしまった悲しい戦争は、我々の時代では繰り返してはいけないことです。最初は外国が日本に戦争を起こさせないために作られた日本国憲法ですが、これからの時代は自分たちのために「戦争をしない憲法」として運用していきたいですね。

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