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日本とロシアの長年の対立!北方領土問題について詳細を解説!

日本は周辺諸国との間で領土問題を抱えていますが、そのうちの一つが「北方領土問題」です。北方領土問題は、小中学校の社会の教科書に掲載されているので、名称を知っている方は多いと思いますが、実は詳細な説明が教科書では不足しています。今回は、そんな北方領土問題について、内容や原因、今後の展望について解説していきます。

北方領土問題とは?

北方領土問題とは、日本とロシアとの間で繰り広げられている領土問題です。北方領土問題では、下記の4つの島の帰属が焦点となっています。

ポイント

・択捉島(えとろふとう)

・国後島(くなしりとう)

・色丹島(しこたんとう)

・歯舞群島(はぼまいぐんとう)

上記4つの島々を総称して「北方領土」と呼びます。北方領土は現在、ロシアが実効支配しており、島にはロシア人が居住している状況です。

北方領土問題の歴史

北方領土問題は、第二次世界大戦後に生じた領土問題ですが、領土問題の根本を探るためには、更に過去まで遡る必要があります。

江戸時代に結ばれた日露和親条約

ペリー来航に揺れた江戸時代末期、江戸幕府は欧米諸国と次々に条約を締結していきました。ロシアとの間では、「日露和親条約」を結びます。日露和親条約において、択捉島と得撫島(うるっぷとう)との間で国境線が引かれました。得撫島は択捉島の東にある島です。この時点では、択捉島は日本の領土であったことが確認できます。

明治時代に結ばれた樺太・千島交換条約

明治時代に入り、日本とロシアは新たに「樺太・千島交換条約」を締結します。この条約で、樺太(サハリン)をロシアの領土とする代わりに、千島列島全域を日本の領土にすることが決められました。この結果、得撫島以東の島々も日本の領土となります。

日露戦争後のポーツマス条約で更に領土拡大

明治時代半ばに、日本とロシアとの間で日露戦争が勃発します。日露戦争の講和条約として結ばれたポーツマス条約において、ロシアは樺太の南半分を日本に割譲することになりました。北方領土を含む千島列島は日本の領土のままで、日本領土の北部拡大が進んでいきます。

第二次世界大戦中の協定

昭和時代に入り、第二次世界大戦が勃発します。ロシアは第一次世界大戦中の革命によりソビエト連邦に変わりましたが、第二次世界大戦以前の段階では、日本との間で領土問題が発生することはありませんでした。転換期となったのは、第二次世界大戦中にアメリカ、イギリス、ソ連との間で「ヤルタ協定」が結ばれた時期です。ヤルタ協定によって、日本降伏後にソ連が南樺太と千島列島を領土にすることが約束されました。

この見返りに、ソ連は対日参戦することを約束します。そして、ポツダム宣言が発表された1945年8月に、ソ連は日本へ宣戦布告します。ソ連軍は、千島列島、南樺太への進行を開始して、現在の北方領土である択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の占領を行います。GHQの指令によって日本政府の千島列島に対する行政権が一時的に停止され、千島列島はソ連の管理区域となります。

サンフランシスコ講和条約で、南樺太と千島列島を放棄

1951年、日本はサンフランシスコ講和条約にて、南樺太と千島列島を放棄することを発表します。当時、日本政府は千島列島の範囲に「国後島」「択捉島」が含まれることを認めていました。ただ、1956年に日本政府はこの見解を取り消し、一転して「択捉島・国後島は北方領土に含まれない」と公表します。アメリカ側が「北方領土はもともと、日本の領土であったので、日本に主権がある」と支持したことが背景にあると考察されますが、実際のところ、当時のアメリカ陣営、ソ連陣営の対立がこのようなアメリカの発言を促したと考える節が強いです。

日ソ共同宣言の締結

1956年、日本とソ連の間で「日ソ共同宣言」が取り交わされます。日ソ共同宣言の批准前交渉では、日本は一貫して北方領土の全面返還を主張しました。

これに対して、ソ連は歯舞群島と色丹島の割譲で領土問題に決着をつけようとします。最終的に日本とソ連との間で妥協点が見つからず、日ソ共同宣言には「日本とソ連の間で平和条約が結ばれた後、歯舞群島と色丹島を日本に返還する」旨が記載されることになりました。ただ、その後に日本とソ連との間で平和条約が結ばれることはなく、2島の返還は未実施で終わりました。

ソ連が解体されロシア連邦になるが北方領土問題は未解決

1991年にソ連が解体され、新しくロシア連邦が樹立されます。北方領土問題はロシアに引き継がれましたが、ロシアは「日本との間に領土問題は存在しない」というスタンスを固持しています。日本側は「ソ連は、サンフランシスコ講和条約を締結していないので、日本の千島列島放棄の対象に含まれない」「日ソ共同宣言で、平和条約を結んだ後に歯舞群島、色丹島を返還することを約束した」等を根拠に、ロシアに対して北方領土問題の交渉につくよう促しています。

ロシアとしては「ソ連が約束したことで、ロシア連邦の約束ではない」「まだ、日本との間に平和条約が結ばれていないので、日ソ共同宣言の2島割譲は事実上無効」等と反論しており、北方領土問題の交渉が進んでいないのが実情です。最近では、2019年に日本の政治家が「戦争をして北方領土を取り戻す」といった趣旨の発言をしたことが報道され、ロシアの非難を浴びました。

ロシアで憲法改正が行われ、領土割譲が禁止される

2020年7月に、ロシアの憲法改正が国民投票で可決されました。この憲法改正で「ロシア領土の他国への割譲を禁止する」条文が新たに加えられます。ロシアは、北方領土を「時刻領土」と主張していることから、事実上、北方領土問題を無効にする意図があると見受けられます。憲法改正に先立って、国後島には「憲法改正記念碑」が置かれ、国内外へ北方領土がロシア領土であることをアピールしています。

今回のロシア憲法改正に対する日本政府の詳細な見解はまだ発表されていませんが、この憲法改正の内容を認めてしまうと、北方領土問題の交渉実現がますます難しいものになります。

北方領土問題の解決は、現実的には難しい

今後、日本とロシアが北方領土問題の交渉を行えるかどうかは定かでありません。プーチン大統領自身は、柔道の有段者であったり、秋田犬を飼うなど、日本に対して親しい態度を示すイメージがありますが、個人的な関心と国の問題を明確に分けている節も強いです。

安倍総理大臣とプーチン大統領の関係性も親密であるとされますが、北方領土問題の交渉がほとんど進んでいないことを踏まえると、やはり個人的な関係を外交に直接影響させないものと考えられます。2国間での交渉が難しい場合、国際司法裁判所などの国際機関へ交渉のテーブルを移すことも取り沙汰されていますが、国際機関での交渉は相手国が拒否してしまうと実施が困難です。

北方領土問題を取り巻く環境は、日本政府にとって非常に不利な状況といえます。ロシアは日本が交渉要請している間にも、実行支配を進めており、択捉島には多くのロシア人が居住している状態です。最近は、日本のニュースでも北方領土問題が扱われることがほとんど無くなってきました。日本とロシアとの間で、正式な決着がついてない以上、交渉は実施されるべきですが、現実的には交渉すること自体が厳しい状態となっています。今後、日本政府が北方領土問題に対してどのようなアプローチをかけていくのか、要注目です。

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