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世界恐慌ってどんな経済危機?原因や各国の対策についてわかりやすく解説!

2020年9月20日

日本をはじめ、世界はコロナショックの真っただ中にいます。IMF(国際通貨基金)は「世界恐慌以来の最悪の不況が来る」と警告しており、各国の首脳は国民の安全と景気政策の狭間で板挟みにあっています。

コロナショックで景気後退が続く今だからこそ、世界恐慌から学ぶべきことがあるのではないでしょうか。この記事では、世界恐慌の原因や各国の対策、コロナショックとの経済比較について解説します。

そもそも世界恐慌とは?

取り付け騒ぎで銀行に集まる民衆

世界恐慌とは、1930年代に世界規模の景気後退に陥った歴史的出来事を指します。

株価の暴落だけでなく、物価の下落、銀行や企業の倒産、失業など負の連鎖が続きました。実際、1929~1933年までの5年間でアメリカのGDPは27%縮小したと言われています。同年1933年の失業率は25%以上で、約1,300万人が職を失いました。

アメリカ経済が回復したのは1940~1941年頃でした。世界恐慌は、資本主義経済が抱える不安定性を露呈させるきっかけとなったのです。

世界恐慌の引き金

世界恐慌の発端は1929年10月24日、アメリカのウォール街にあるニューヨーク証券取引所での株価の暴落です。

1920年代、アメリカは第一次世界大戦後の復興支援や、自動車や電気・ガス・電話などの新規産業の成功により莫大な富を築きます。

投資家だけでなく、多くの国民が企業の株を買い、空前の株式ブームがアメリカ国内を席巻していました。値上がり続ける株価に疑いもなく、国民は株式を買い集めていたのです。

しかし、値上がり続ける株価に不安を感じた一部の投資家が株を売りに出したことを皮切りに、多くの投資家が株を一斉に手放したため株価は急落。アメリカ経済はバブル崩壊を経験することになります。

株価の暴落を受け、預金者が銀行から預金を一斉に引き出したため、銀行は倒産。銀行からの融資を受けられなくなった企業も相次いで倒産に追い込まれ、労働者の4人に1人が職を失いました。さらに、国内外の需要が低下し、アメリカは不況が続く負のスパイラルに陥ったのです。

アメリカの経済衰退が世界経済に影響を及ぼしたのはなぜでしょうか。

不景気はアメリカから世界へ

第一次世界大戦後、多くの国が戦後復興のため、アメリカから経済支援を受けていました。とくに、敗戦国のドイツはイギリスやフランスなどへの賠償金支払いもあり、アメリカからの支援が受けられなくなったことで経済が破綻してしまいます。一方、ドイツからの賠償金で戦後復興を進めていたイギリスやフランスの経済も大打撃を受けます。

当時、アメリカは世界最大の債権国となっており、世界経済はアメリカ経済そのものでした。親のアメリカが倒れたため、親の支援を受けていた各国も共倒れにならざるを得なかったのです。

しかし唯一、世界恐慌の影響を受けなかった国々があります。その国々とは、資本主義に反発して社会主義体制を敷いていたソ連のことです。政府による計画経済が功を奏し、世界経済が大打撃を受けていた頃も日常に大きな変化はなかったと言われています。

世界恐慌を長引かせた原因

世界恐慌がこれほどまでに長引いたのはなぜでしょうか。世界恐慌の原因について解説します。

原因1.金本位制

世界恐慌の原因はさまざまな要因が複雑に絡んでおり、一概にこれが原因とは言い切れません。しかし、近年の研究で有力視されているのが「金本位制」です。

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金本位制とは、金と貨幣でもって物価水準を自在に操作しようとする制度を言います。

金は貨幣と同等、もしくはそれ以上の信用がありました。不況になると貨幣を金に変えて海外へ持ち出す企業や富裕層の国民が多い時代でした。政府は国外へ金が流出することを恐れ、金本位制を守るために利上げを行いましたが、結果的に景気後退をさらに深刻化させてしまったのです。

原因2.需要不足

アメリカ経済の急速な発展は、第一次世界大戦後の各国の復興によって莫大な利益を生み出した結果です。1920年代、住宅や自動車、洗濯機、冷蔵庫、ラジオ、化粧品などの商品を大量生産し、国民の多くは借金をしてもなお大量消費に走っていました。

一方で、空前の株式ブームだったため、企業も資金に余裕があったことから需要に関係なく商品を大量生産し続けます。しかし、商品が飽和状態に陥り国民の購買力が低下し、企業の倉庫は膨大な在庫で埋め尽くされました。需要不足となり、アメリカ経済はみるみるうちに衰退したのです。

原因3.経済対策の遅れ

世界恐慌が長引いた原因として、アメリカ政府の経済対策への遅れが指摘されています。

ハーバート・フーヴァー大統領は、不況は周期的に訪れるもので必ず景気は上向きになると楽観視していました。共和党政権は自由放任主義を守り続けたため、経済対策への対応が遅れてしまったのです。
不況が長引いたことで国内産業は大打撃を受けることになります。政府は国内産業を守るため、関税の引き上げを行いました。

しかし結果的に、世界的な為替の切り下げが展開されたため、世界的な貿易の縮小を招くことになったのです。

世界恐慌による景気後退への各国の対策

世界恐慌による景気後退から経済を回復させるために、各国はどのような対策を行ったのでしょうか。

アメリカ

ラジオに臨むフランクリン・ルーズベルト大統領

1931年にフランクリン・ルーズベルト大統領が就任し、ニューディール政策を実施しました。ニューディール政策の柱となる政策は「公共投資」です。テネシー川流域のダム建設などにより、雇用の創出や地域の経済成長に成功したと評価されています。

その一方で、世界恐慌前の経済にまで回復したのは第二次世界大戦への参加だと指摘する声もあり、ニューディール政策は経済回復の成功の要因の1つに過ぎないとも言われています。

イギリス・フランス

アメリカ経済への依存によって経済破綻を招いたイギリスやフランスは、独自に「ブロック経済」を推し進めました。ブロック経済とは、自国の植民地や関係が深い国だけで経済圏を築くことです。ブロック経済によって、アメリカ経済への依存から脱却しようと考えたのです。
しかし、ブロック経済は植民地を所有するイギリスやフランス以外の国にとっては不利に働きました。こうした歪みが第二次世界大戦へと向かわせることになったのです。

日本

高橋是清大蔵大臣 あだ名はダルマ

意外にも世界で最も早く世界恐慌から経済回復を成し遂げたのはなんと日本でした。

当時の日本はアメリカへの生糸の輸出が激減したことで、企業や銀行が次々と倒産。それにより、財閥が多くの企業を取り込み力をつけました。

1931年、大蔵大臣に就任した高橋是清氏は日本経済を救うべく、金の輸出再禁止や国債発行などの金融緩和を実施しました。さらに、地方での公共事業を行い、雇用の創出を図ります。そして、1933年に世界最速で経済を回復させたのです。

しかし、国内は軍国主義一色に染まり、「満州は日本の生命線なり」というスローガンのもと、満州・そして中国へと足を踏み入れることになります。

世界恐慌から何を学ぶべきか?

世界恐慌が起きた当時とコロナ禍にある現代で唯一違うことは、現代は過去の歴史から学べるということです。

原因は違うものの、経済後退が続く状況は両者とも同じです。過去の失敗から学び、未来につなげることが現代を生きる我々の使命と言えるのではないでしょうか。では、世界恐慌から何を学べばよいのでしょうか。

資源が少ない日本は経済大国3位とはいえ、海外からの輸入に依存しています。今後、世界恐慌の頃のように関税の引き上げなどの施策が取られれば、日本経済は大打撃を受けることになります。原油はもちろん、食料の確保も難しくなるかもしれません。それを避けるためにも、国内の需要と供給の均等を保つことが大切です。

その上で国産化の見直しが重要だと考えます。アメリカや世界経済に依存しないためにも国内産業に力を入れ、自力で生き残れる道を模索する必要があるのではないでしょうか。

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