スポンサーリンク

文化

誰にもわかるやさしい民俗学の話②日本人はご先祖様をどのように考えてきたのか『先祖の話』を読む

ご先祖様とは何なのか

今の人たちは、「先祖」といっても、あまりピンとこないし、関心も薄いでしょう。何代も前の先祖などまったく知らず、知っているのはせいぜい祖父祖母ぐらいのものだと思います。しかし以前の日本人は長い間、「ご先祖様」といって敬い続けてきたのです。

柳田国男は、全国各地に残る様々な先祖に関する伝承を拾い集め、比較考証しながら、日本人にとってご先祖様とは何かを見事に解明したのです。

柳田はまず正月とは何かを考えました。正月は、一般に一年のうちで最も「めでたい」日といわれています。正月には、年神様あるいは正月様という神様が、個々の家を訪れると信じられてきました。

それでは正月様・年神様とはどんな神様なのでしょうか。今は家の神棚に伊勢神宮とその土地の氏神神社の二つのお札を納めることが普通になっているので、この二つの神のことだと思っている人も多いかと思いますが、柳田は「そういういい加減なことはよろしくない」と言います。

日本の各地に年神様の姿を描いた昔の絵が多くあります。その絵はだいたい、めでたい老人の姿、特に七福神の中の寿老人を描いたものが多いといいます。年神様とは、老人の姿で必ず個々の家に訪れる家の神と思われていたのです。それは、人々が年神様を「ご先祖様」だと信じていたことに他なりません。柳田は、正月様・年神様とは「ご先祖様」の霊と見たのです。

大みそかは夜通し起きていなければならないという言い伝えがどこにでもあります。今は時計があって、一日の始まりは夜の12時からということは当然のことと、みんな思っていますが、時計のない時代、一日は日没の時から始まったのです。だから一月一日の元旦は大みそかの夜から始まるのです。この時に「ご先祖様」である年神様が、子孫の待つ家を久しぶりに訪れ、子孫は夜通し起き明かして「ご先祖様」を歓待しお祭りするのです。「ご先祖様」の霊は神様ですから、子孫は身と心を清くし慎んでお祭りしなければなりません。「めでたい」とは、本来、その慎みが完全に守られていることを表す言葉なのであり、正月が「めでたい」のは本来そうした意味なのです。

盆の霊

今では多くの人々は、先祖の霊が帰ってくるのは正月ではなくお盆の時だと考えています。うれしいことや楽しいことが一度に重なることを、「盆と正月が一緒に来た」という言い方があるように、正月と盆は日本の年中行事の最大のものです。今でもこの時期、日本中は帰省客でごった返します。しかし一般的には、盆は先祖を祭る仏教行事であり、仏教的ではない正月とは全く性格を異にするものと考えられています。

ところが、いま述べたように本来、正月と盆は同じものであり、旧暦の1月と7月という一年に二度(新暦になってからは、盆は、数字に合わせて7月に行う所と、かつての実情に合わせて8月に行う所に分かれてしまいました)、「もとは正月も盆と同じように、家へ先祖の霊の戻って来る嬉しい再会の日」なのでした。 

その証拠に、正月と盆には先祖の霊を迎えるためにする、いくつかの類似点があります。第1に、今ではすたれてしまいましたが、正月棚と盆棚を設置します。正月棚は今では常設の神棚にとって替られ、盆棚は今でも作っているところはありますが、大体は仏壇にとって替わられてしまいました。第2に、正月には松飾りを、盆には盆花飾りを作ります。松飾りは今は門松になり、盆には今でも墓や仏壇に花だけは添えています。第3に、正月前の暮に煤払いを、盆前には井戸さらえや道具磨きなどを行って清めます。第4に、年頭礼と盆礼があり、今ではお歳暮とお中元、年賀状と著中見舞い(これらは郵便制度ができてからのものでしょうが)にその名残をとどめています。

 先祖の霊は、仏教の言うように遠く十万国土のかなたへ往ってしまうのではなく、永久にこの国土のうちに留まって、そう遠方にはいってしまわず、毎年時を定めて帰って来るものという信仰を、おそらくは日本人が世の始めから今日まで根強く持ち続けてきたと柳田は見たのでした。

祖霊

それでは、先祖の霊である祖霊をもう少し詳しく見てみましょう。それぞれの家には時代をたどればたどるほど多くの先祖がいますし、また先祖一人一人にそれぞれ命日があります。仏教は一人一人の命日を大事にしますが、多くの先祖がいれば一人一人の命日を覚えきれずに忘れ去られてしまいます。

古くからの日本人は、先祖が死んで、一定の年月を過ぎて、死者のケガレが浄化されると、それぞれの個別的性格を棄てて一つの祖霊に融合して一体になると考えていたのです。一定の年月とは、「とぶらい上げ」(最後の年忌供養)といわれる通例は33年、まれに49年、50年といわれます。一人一人の先祖はその個性を段々棄てて、33年後についには祖霊という一体的なものになると見なされたのです。これを柳田は「祖霊の融合単一化」といっています。

それでは祖霊が住むあの世はどこでしょうか。人々が住む村の周囲には必ず山々があり、その中に特に目につく秀でた山があります。祖霊が行く「あの世」は、その峰の頂なのだと考えられていたのです。

なぜなら昔の葬式では主として山に向かって亡骸を送るという風習があり、盆には山から村への盆路を想定して路の草刈りをし、山から盆花をとり、山から流れてくる川の岸に魂を迎えるといった風習もあるからです。また日本全国北から南の端まで、春には山の神が里に下りて田の神となり、秋の終わりには田から山に還って山の神になるという言い伝えがありますが、この山の神や田の神は先祖の霊であり、こうした言い伝えは、山から降りてくる祖霊を表している名残だというのです。仏教渡来よりも古くからある日本の霊山信仰もまた、祖霊信仰を現わしているのです。

人は死んでも、その霊はなお近くの山の頂きに留まって遠くには行かず、そこから子孫の日常生活を見守り、農産物の成長を促し、子孫の成長と繁栄と幸福を保護すると信じられていたのです。

氏神

ところでここでまぎらわしい問題があります。日本ではどこでも、地域ごとにその中心的な存在として氏神神社があり、氏神様という神様を祭っています。氏神とはどのような神なのでしょうか。それぞれの地域の氏神は、異なった氏の人々が寄り合って一つの氏神を祭っているのであり、御先祖様を祭っているのではないように思われます。

これに対して柳田は次のように言います。それぞれの家が同じ日に同じ地域で先祖祭をしているうちに、だんだんと各家の神も一つのもののように感じる者が多くなったことから、また先祖のために祭を盛大に、そして楽しいものにしたいという願いから、「祭の合同」が行われ、各家の祖霊が合同して氏神になったのだと言うのです。ここでも祖霊は融合して一体となったのです。だから氏神もまた祖霊そのものなのです。祖霊である氏神を清浄に祭るために、地域の中でも特に清浄な一つの地を定めたことが今日ある氏神神社の起りなのです。古くは常設の神社などはなく、この清浄な地に、臨時の仮の社(やしろ)を建てることから始まりました。

いや、それはおかしいという疑問はなお残ります。というのは、現在、各地の氏神神社には、八幡、北野、賀茂、春日などという神社の名前があり、それらは八幡神、北野神、賀茂神、春日神などをそれぞれ祭っているのであってご先祖様と違うのではないかという疑問です。他にも各地に鹿島、香取、諏訪、白山、熊野、住吉、稲荷、出雲、愛宕など多くの神社があります。

これに対しても柳田は次のように答えます。氏神は、一神教の神のような絶対的な神ではなく、人間に極めて近い存在であり、自らの力が有限であることを認めていたので、国内のより霊験の強い大きな神々を仰ぎ敬い、事あればそうした大神を自分の神社に「勧請」(神仏の分身・分霊を別の地に移して祭ること)したのだと。氏神は一般的な種々の苦難から子孫を守りますが、万能の力があったわけではなく、特殊な困難においては他の有力な大神に助けてもらおうとしたのです。八幡神社と名乗ろうとも、八幡神がもともとその地にいたのではなく遠くからその分霊を持ってきたに過ぎないのです。

本来、各地の氏神はこれといった名前があったわけではなく、どこでもただ神様と呼ばれ、あるいは神の名を呼ぶことさえ憚られていました。しかし江戸時代以降、特に明治に入って、それぞれの神社は明確な名前をつけるようにとするお上の政策によって、名前を無理につけさせられた時に、勧請した神の名を神社名にしたのです。たとえ八幡神社と名乗ろうとも、実際に祭神が交代したのではなく、その神社の本当の神は氏神=祖霊のままであり続けたということなのです。

日本人にとってご先祖様とは何か、その答えはまさに日本の神だということなのです。この氏神信仰=祖霊信仰(柳田はこれを日本の「固有信仰」と言っています)は、日本人のものの考え方や価値観、社会や文化の諸事象の根本にあるものと言えるでしょう。

スポンサーリンク

こちらもおすすめ!

1

ニュースや新聞で世界情勢の話題になったとき、「国際連合」というワードを聞いたことはありませんか?最近でいうと昨年、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんが各国首脳の前でスピーチして話題になりました。中学 ...

2

1914年から1918年にかけてヨーロッパでは第一次世界大戦が繰り広げられていました。 そしてこの戦争はヨーロッパの体制を根本から崩すこととなり、現在にもつながる影響も残すことになったのです。  今回 ...

3

世界の政治体制は、それぞれの国によって違っています。同じ民主主義国家でも、国によって大統領制をとっている国、議員内閣制の国と、政治体制の採用が違っているのです。 日本は、御存じの通り、議院内閣制を採用 ...

-文化
-,

© 2021 レキシデセカイ Powered by AFFINGER5