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政治用語

ファシズムってどんな思想?内容や取り入れた国などわかりやすく解説

2020年9月21日

今では自由が阻害されている国や元枢軸国を非難するときによく聞くファシズム。

しかしファシズムという思想は自由を阻害するというだけでは片付けられない思想でありその裏には複雑な歴史がかくれていたのでした。 今回はそんなファシズムはどんな思想だったのかを解説していきたいと思います!

ファシストとは

ファシズムとは、いわゆる独裁主義のことです。

ファシズムの語源はイタリア語で束という意味でファルケスというローマ帝国における権力者の象徴からファシズムという思想は束のように国を中心として国家を束ねようということだったのです。

ファシズムの主な特徴として一部の権力者が大衆の持つ力を巧みに利用する、市民の自由や人権を軽視する、反対派を徹底的に排除するなどが挙げられます。代表的なファシズムの例としては、ムッソリーニ率いるイタリアのファシスト党による独裁政治、ヒトラー率いるドイツの国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)などがあります。
ファシズムという言葉が生まれたのは20世紀ですが、それ以前にも独裁主義国家は多く見られました。しかし、ファシズムと呼ばれるファシスト党とナチ党の場合は、いずれも国民からの支持を得た上で政権を握っており、絶対的な力で服従を強いる従来の独裁主義とは大きく異なっています。

ファシズムの代表例

ファシズムが台頭した国というのは大体が第一次世界大戦で敗れるか、その後の混乱が起こった国がほとんどだったのです。

そこで次はそんなファシズムがどのようにして誕生していって、そしてどうしてこの思想がどのようにして国を作っていったのかを見ていきましょう。

イタリア

イタリアは第一次世界大戦の戦勝国でしたが、深刻な不況によって失業者が急増し、それに伴ってインフレも急激に進行していました。不況の影響で不満を抱えた国民が、政府に対して激しい社会運動を繰り広げる中、ムッソリーニ率いるファシスト党が、暴力によって土地の占領やストライキなどの社会運動を弾圧。
こうしたファシスト運動は、ロシアのような労働者による革命が起きることを恐れた資本家階級から絶大な支持を得ました。資本家階級からの支持を背景に、ファシスト党は政権内での勢力を拡大し、1926年には一党独裁体制が確立させました。

ドイツ

1920年代前半、第一次世界大戦の敗戦国であるドイツは、多額の賠償金に加え、国内最大の工業地帯であるルール地方を占領されたことで生産力が急激に低下。さらに追い打ちをかけるように1929年には世界恐慌が発生し、国民は重税と貧困に苦しむ最悪の状況でした。
そんな中、政治家としてはまだ無名だったヒトラーが登場し、巧みな政治力とカリスマ的な演説で国民からの圧倒的な支持を得ます。結果、ヒトラー率いるナチ党は次々に勢力を拡大し、1934年には一党独裁体制を確立させました。

スペイン

スペインでは1936年からのスペイン内戦によって軍人であったフランシスコ・フランコがドイツとイタリアの軍事支援を受けて人民戦線と戦い、1937年10月に右派政党であるファランヘ党や王党派を統合して統一ファランヘ党を作り上げ新政府樹立を宣言してファシスト体制が確立されました。

スぺインはドイツやイタリアなどとは違い、第二次世界大戦に参加せず中立をとっていたため終戦後にもフランコが亡くなる1975年まで体制が維持されることになります。またスペインのファシストはカトリックを復権させカトリック国家への復帰を謳うものでもありました。

日本

大政翼賛会のシンボルマーク

日本の場合は、イタリアやドイツのように国民の支持を得てファシズムが進行したわけではありませんが、これも一種のファシズムと言えます。日本でファシズムが生まれた背景には、1930年代に起きた革新的な考えを持った軍人たちによる国家改造運動があります。
彼らは、国際的な国家の危機や、国民の貧困は支配者たちの体たらくによるものだとし、政党政治を暴力的な手法で崩壊させました。その結果、軍人たちが政権を握ることになり、1937年に首相に就任した近衛文麿がすべての国政政党を解散させるなど、ファシズムの考えに近い政策を進めることになったのです。

ポルトガル

ファシズムが戦後も存続できた例はスペインだけではありません。お隣ポルトガルもファシズム政党が国を支配していました。

第一次世界大戦後ポルトガルでは元大蔵大臣であったサラザールが国民の支持を得て自身の勢力基盤を中心として国民同盟を結成することに。その後1936年には政権までも奪取してサラザールは首相と大蔵大臣と外務大臣を兼任してポルトガルはファシスト化しました。

こうしてファシスト化したポルトガルでしたが第二次世界大戦においてはスペインと同じく中立を表明。さらには少し枢軸国寄りであったスペインとは対照的で連合国に基地を貸し与えるなど親連合国な態度をとっていました。そのため白い目で見られていたスペインとは違い戦後にはNATOに加入。なんとか戦後を渡り歩いたのです。

しかし、時代の経過とともに独裁による不満が高まり国内では反独裁政権のデモが頻発。1974年にはカーネーション革命が起こったことによってポルトガルのファシスト政権は幕を閉じたのでした。

現代でもファシズムは見られる?

イタリアのファシスト党、ドイツのナチ党のような極端なファシズムは現代ではあまり見られませんが、ファシズムの一種と言えるような政治体制は現代においても多く存在しています。その一例が、現代の中国の共産党政権による一党独裁体制です。
中国の場合は外国資本も多く取り入れているので、純粋なファシズムとは言い切れませんが、反対派の学者や研究者、人権活動家、ウイグル人を弾圧するなど、かなり過激な政策も見られます。香港問題や台湾問題に対して中国政府がとっている政策もその一つですね。こうしたことから、中国の共産党政権による一党独裁体制は、まさに現代型のファシズムと言えます。

ファシズムが生まれる背景にあるもの

ファシズム国家に共通して言えることは、国民からの支持、特に中間層に当たる階級の人たちからの圧倒的な支持を得て台頭したということです。ファシスト党やナチ党を例にすれば、第一次世界大戦と世界恐慌の影響で起きた大不況で、政府に対する国民の不満が高まったことを好機と捉え、そこにうまく付け込んだと言えます。
また、カリスマ的な指導者が党を率いていたことで、苦しむ国民にとっては、最悪の状況を打破するヒーローが登場したかのように思えたのではないでしょうか。ムッソリーニにしてもヒトラーにしても、現代では悪人として語り継がれていますが、高い政治力と指導力があったのは確かですから、やり方によっては歴史的な英雄になれていたのかもしれませんね。

ファシズムの問題点

国民の支持によって生まれるファシズムですが、あまりにも過激な政策が続けば、さまざまな問題が出てきます。ファシズムが行き過ぎてしまえば、政治体制の崩壊、そして国家の崩壊にもつながりかねません。

敵対関係を作りやすい

ファシズム国家は、自分たちの主張を押し通すために反対派をないがしろにするため、国家を支持する人たちと反対派の人たちとの間に溝が生まれやすい傾向にあります。結果として、社会は大きく2つに分断され、最悪の場合ファシズム国家の崩壊後も根深い対立が残ることも。

独裁者が生まれやすい

ファシズムの代表例である20世紀前半のイタリアとドイツを見てもわかるように、ファシズム的な考えの下では、カリスマ性のある指導者が独裁者になりやすい傾向にあります。ファシズムの進行によって、独裁者の影響力も徐々に強くなっていき、最終的には誰も口出しできないような独裁体制が完成する可能性もあります。

利点

ファシズムと聞くと、悪い印象を抱く人のほうが多いかもしれませんが、実はファシズムには利点もいくつかあります。典型的な失敗例であるイタリアとドイツを参考にして研究を進めていけば、新たに魅力的な政治体制のあり方が見つかるかもしれませんね。

国民の政治への関心が高まる

ファシズム国家は国民からの支持を得るために、多くの人が抱えている問題を取り上げ、それを解決するために過激な政策をとります。やり方が正しいかどうかは別にして、国民に共通する考えの代弁者となってくれるので、政治に対する関心が高まりやすい傾向にあります。私たちが自分に関係のあるニュースに注目するのと同じように、問題の当事者として、ファシズム国家の政治に注目し始めるという仕組みです。

無駄な政策が減る

多くの政党が乱立するような政治体制では、それぞれの政党の主張は異なるため、時には社会のプラスにならない政策が行われることもあります。一方、一党独裁体制のファシズム国家では、国民の主張がダイレクトに政策に反映されるため、社会のプラスにならないような無駄な政策が減る傾向にあります。

ファシズム研究にはどんなものがある?

ファシズムに関しては、現在に至るまでに多くの学者たちによって研究されています。中でも特に有名なのが、フランクフルト学派と呼ばれるドイツの社会学者たちによる研究です。彼らは、ナチ党がドイツ国内の政権を獲得した後も、アメリカやイギリスに亡命して研究活動を続けました。戦況下においても、ファシズムに屈することなく研究を続けた彼らの功績は、今日でも偉大な研究として広く語り継がれています。

E.フロム

フロムは、ドイツ国民がなぜ独裁体制を受け入れたのかについて研究し、そこには社会事情だけではなく、ドイツ国民の”社会的性格”が大きく影響していたと指摘しています。そして、その社会的性格の一つとして、強い者には進んで服従し、弱い者には絶対的な服従を強いるという”権威主義的パーソナリティ”を提唱しました。

このようなパーソナリティを持つドイツ国民、特に中間層の人々が、ヒトラーの独裁体制を支持することにつながったとしています。最悪な国内情勢を自分たちの力で立て直すのは難しくなり、ヒトラーのようなカリスマ的な指導者にリードしてもらうことを望んだということですね。

T.W.アドルノ

アドルノは、フロムらと共に権威主義的パーソナリティについて研究した社会学者の一人で、権威主義の程度を測定するファシズムスケール(F尺度)を考案したことで有名な人物です。ファシズムスケールには30の項目があり、「先輩後輩などの上下のけじめはつけるべきだ」「不道徳な人を排除できれば、多くの社会問題が解決するだろう」といった質問で構成されています。

このファシズムスケールを用いて調査を行ったところ、ナチスの元親衛隊員たちは高い得点を示したそうです。もちろん、必ずしも得点の高い人全員が権威主義的パーソナリティを持つというわけではありませんが、そのような人ほど得点が高い傾向にあることは確かです。

ファシズムは民衆によって生れた

ファシストは現在ではドイツとイタリアを独裁国家とした主義として忌み嫌われていますがドイツでは憲法にのっとって作られた合法な政権ということを忘れてはなりません。

これはつまり選挙を通じて民衆の支持を得て政権を握ったことでありドイツやイタリアの暴走を作ったのは民衆のせいだといっても過言ではないのです。

最近反EU運動などでネオナチがヨーロッパで台頭している中、民衆は再び生活のため自由のためファシズムとはなんなのかというのをしっかりと考えなければなりませんね。

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