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政治用語

帝国主義とはどんな思想?広まった理由や実例についてわかりやすく解説!

今では民族自決のもとでたくさんの独立国がありますが、18~19世紀にはヨーロッパの列強諸国による植民地や勢力圏拡大を目指す膨張政策を行っていました。
果たしてどのように国々は植民地を手に入れていったのでしょうか?
今回はそんな帝国主義の歴史や国々についてみていきたいと思います。

帝国主義とは?

鉄道用の電線を敷設するセシル・ローズ

帝国主義とは19世紀から20世紀初めまでヨーロッパを中心に広まった思想です。
19世紀以降いわゆるナショナリズムが高まり、国家や国民としてのとしての意識が高まり、さらには商業の発展も相まって市場開拓などといった形で他国を侵略し多くの戦争が起こりました。

その後ヨーロッパの植民地を持った国がいわゆる帝国主義と呼ばれる国家となっていきましたが、20世紀に入るとウラジーミル・レーニンの著書「帝国主義論」で帝国主義は資本主義の最終段階と定義したため、社会主義国家がアメリカを否定するときに「アメリカ帝国主義」といった形でけなす場合に使われることが多くなっていきした。

帝国主義を正当化した思想

帝国主義が始まるきっかけとなったのはいわゆる優生思想によるものでした。

白人は産業革命を起こしたり、優れた文明を持ったりしているからアジアやアフリカなどの非白人が住んでいる地域を支配を良しとする風潮が広まります。
要するに白人は文明的に劣っている国を支配することは非文明国に文明を与えるという良心に基づく行為とされていたのです。

帝国主義が広まった理由・背景

帝国主義対立の変化 - 世界の歴史まっぷ | 世界の歴史, 歴史, 世界地理帝国主義の判図©世界の歴史まっぷ

帝国主義は1870年代になる知一気に植民地を広げていくようになり、各国で植民地獲得戦争が起こるようになりました。

果たしてどのように植民地をひろげていったのでしょうか?

国家の政治的な事情

絶対王政や市民革命などといった時代を経てヨーロッパではこれまでの封建主義から国家を持った権力のもとで暮らす国民としての自覚が生まれていき、ナショナリズムといった思想が芽生えていきました。そして1つの民族としての自尊心を満たすための拡張主義を取っていくようになります。

この拡張主義はイギリス・フランスなどがまず初めにアフリカやアジアなどに進出。これに遅れて1870年代に統一を果たすことになるドイツやイタリアも後々に植民地獲得を目指しました。

こういった列強諸国はキリスト教やヨーロッパの製品といったものを植民地に流していくようになるのです。

交通整備

列強諸国の侵略は軍事・経済だけでなく、鉄道敷設によっても行われました。鉄道を使うことによって沿岸部だけではなく、内部にも大量輸送を可能としたのです。特にアフリカといった後進地域にも鉄道が建設されていくことになります。

一方でそれが原因となって揉め事となることもあり、例えば縦断政策を取ったイギリスと横断政策を取ったフランスの間でファショダ事件が起こったり、ドイツの3B政策とイギリスの3C政策の対立が起こったりもしました。

特に後者の方は衝突が激しく後にヨーロッパに三国協商対三国同盟という図式を作りだし、第一次世界大戦の土壌を整えてしまいました。

借金による経済的な進出

帝国主義と言えば、戦争によって植民地を獲得して領地を増やしていくというイメージがありますが、実は経済面での侵略といった手段も取ります。
この背景にはイギリスで起こった産業革命があります。

産業革命によって莫大な製品生産が可能となりましたが、本国だけでは作りまくった結果製品が売れずに余ってしまう生産過剰な状態となっていたのです。
そのため作った製品を売るための市場というものを開拓していかなければならないのですが、その市場の獲得のために行ったのが経済を乗っ取るということでした。

帝国主義が起こっていたときにはすでにボロボロになっていたオスマン帝国や清などの旧帝国は近代化政策などを行ったり、戦争に負けたせいで賠償金を支払うことになったりした結果財政難に陥り、それを乗り切るために他国のお金を頼ったのです。

そのため、資金源である列強諸国に対し頭が上がらなくなり、関税をその国が決めることができる権利である関税自主権が喪失するなどといった権利の剥奪などが起こってしまうのです。

各国の進出先

帝国主義と呼ばれた国々はそれぞれ思いを持ちながら拡張政策を行っていくことになります。
次は各国の進出先についてみていきたいと思います。

イギリス

イギリスの最大判図

イギリスの帝国主義は1870年代に強まりました。
1875年にフランスからスエズ運河会社を買収して1878年のベルリン条約でキプロス島の管理権を獲得します。このキプロス島は西アジアからインド一帯を支配する拠点となりました。

一方でもともと植民地化が進んでいたインドではインド大反乱をきっかけとしてムガル帝国を滅ぼし1877年にイギリス領インド帝国を成立させます。
形式的には独立した帝国のインド帝国ですが、実質的にはイギリスのヴィクトリア女王が即位したこともありイギリスの植民地扱いでした。
またアジアではアヘン戦争をきっかけに香港を奪取。

最終的にインド・マレー半島のアジア地域、南アフリカ・エジプト・スーダンのアフリカ地域、中南米の諸島などを植民地としてカナダ・オーストラリア・ニュージーランドに自治を与えつつ支配しました。

こういった国は今でもイギリス連邦として緩やかな連合体となっています。

フランス

イギリスに少し遅れてナポレオン3世の時に帝国主義を歩んでいくことになります。
フランスはアルジェリアを植民地としたのをはじめとしてアフリカ方面に拡張を続けていくようになります。
しかし、横断政策をとっていたフランスはイギリスと対立。スーダンのファショダで起こったことからこの事件をファショダ事件と呼びます。

この事件は当時のフランス国内が不安定だったためイギリスにファショダを明け渡し、これ以降アフリカに勢力を広げることは無くなりました。
その代わりに手を出していくようになったのがアジアです。

1884年の清仏戦争でインドシナ半島各国の宗主権を清から奪って新しくフランス領インドシナ連邦を成立。アジアにおける植民地を拡大します。
また、アヘン戦争から一気に弱体化していた清につけこみ、1898年に広州湾を得て鉄道敷設権を得るなど勢力を伸ばしていきました。

ロシア

東方の大国であるロシアはイギリスやフランスとは違い、南方に向かって不凍港をとる南下政策が取られていくようになります。
しかし、南下政策はイギリス領インドの支配が揺るぐことを恐れたイギリスがたびたび介入していくようになり、露土戦争後のベルリン会議で、バルカン半島方面への南下政策を取りやめなければいけなくなりました。

そこでロシアは代わりに東アジアでの勢力拡大を進めました。
すでに清の外満州を手に入れてウラジオストクを中心としてアジア支配を強めていくようになったロシアはシベリア鉄道を建設して極東の支配権を強めていくようになります。
しかし、ロシアという国はイギリスやフランスとは違ってあまり資本主義が浸透していない国であり、農奴制は廃止されたものの生産力などは西欧の国とは格段に劣っていたのです。

しかし、ロシアは拡張政策を止めることはせずに旅順・大連を得て東方進出の足掛かりにし、日本海方面の支配を進めていくようになるのですが、それに待ったをかけたのが日本でした。

日本は同じくロシアに警戒心を抱いていたイギリスと1902年に日英同盟を締結し、ロシアとの対決に臨み、1904年には日露戦争へと発展しました。
最初ではロシアが勝つと思われた戦争でしたが、日本の予想外の強さに苦戦するようになり、最終的にはロシアで血の日曜日事件が起こりそれどころではなくなってしまいます。
ロシアは日露戦争の敗北によってアジア方面での拡張を止めなければならない状態となってしまったのです。

アメリカ

アメリカの拡張ですが、アメリカという国は基本的には世界大戦までヨーロッパの紛争とは関わらない主義(モンロー主義)でしたが、南北戦争後に勝利した北部を中心に工業国家建設を押し進めます。

アメリカは独立してから西部のフロンティアを次々と獲得。太平洋に進出していき、1890年代になるとアメリカは海の向こうに領土を求めました。
アメリカは1898年に米西戦争に勝利したことで元々スペインの植民地であったプエルトリコ・フィリピン・グアムを手に入れ、さらにはキューバ独立を保護国化しました。

さらにはハワイ王国も併合したことでアメリカはハワイ・フィリピンを中心にアジア進出を始めていくことになります。
さらには19世紀後半に入るとアメリカはイギリスを超えて世界一の座に輝くことになり、重化学工業が発展すると巨大な資本圏が形成されていくことになり、ロックフェラー、カーネギー、モーガンなどいった大財閥が誕生。世界の覇権国の基礎が打ち立てていくことになります。

日本

アジア唯一の列強と呼ばれていた日本ですが、日本は黒船来航以来西洋の国に追いつこうと必死に努力を重ねていき近代化を推し進めていきました。
日本が大陸進出の足掛かりとしたのが朝鮮半島で江華島事件以来徐々に支配圏を強めていくことになります。

その後1894年の日清戦争によって台湾・澎湖諸島・遼東半島(のちに返還)を手に入れ、さらには日露戦争によって朝鮮の支配権と旅順・大連と南樺太を手に入れることとなりました。

こうして帝国主義の立派な一員となった日本は第一次世界大戦を通じて中国の支配権の獲得を目論むようになりました。

まとめ

帝国主義は今や過去のものです。
植民地を持っている国は手放し、今は民族自決と呼ばれる時代となっています。

しかし、今でも超大国のアメリカはは中東の戦争に何度か介入しており、帝国主義的だと非難を浴びています。植民地支配は消滅してしまいましたが、今でもその思想は尾を引いているのです。

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