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政治用語 日本史

平成の大合併で何が起こったのか? 平成の大合併の目的と成果を詳しく解説!

2000年を境にしてその前後およそ10年間の間に日本の市町村は大きな転換期を迎えました。平成の大合併です。

明治以降日本の自治体は何度となく合併や再編を繰り返してきましたが、平成の大合併はその集大成とも言える取り組みでした。

そもそも、平成の大合併とはなんだったのか?

目的や経緯、成果や今後の展望など詳しく解説いたします。

日本の市区町村合併の歴史

日本の地方自治は、都道府県と市町村の2層構造になっています。

主な役割分担は以下の通りです。

都道府県

高等学校の設置運営、産業のインフラ整備振興、警察組織の管理などの広域自治体としての役割

市区町村

小中学校の設置運営、住民の登録管理、ごみ処理、上下水道の管理などのより住民に密着した基礎自治体としての役割

それぞれの自治体をより効率よく、かつ効果的に機能させるために行われてきたのが合併政策でした。

明治維新まもない1888年には71314あった市町村数は、2006年には1821とおよそ40/1にまで減少しています。

それぞれの時代の大合併を簡単に振り返ってみましょう。

明治の大合併

明治維新後、1888年に近代的な市町村制度に移行し、同時に明治の大合併が始まります。

当初は100世帯以下の小規模な町村が全体の7割近くを占めていたために、効率的な規模として500世帯前後を基本として再編成を行いました。

1888年にあった71314の市町村は、翌年お1889年には15859と大幅に減少しています。

昭和の大合併

第二次大戦後、憲法と地方自治法が新たに制定され新しい形の地方制度がスタートします。

この新たな制度では消防や中学校の設置は市町村の役割となりましたが、これらの役割を効率よく運営するためには、市町村をある程度の規模に再編する必要がありました。

そのため、人口規模およそ8000人を基準として再編が行われました。

この大合併は、町村合併促進法という特別法が制定され1953年から3年間の間で市町村の自主的な取り組みとして実施されます。

結果1953年に9868あった市町村は1961年には3472と、およそ1/3にまで減少しています。

平成の大合併とは

明治維新後二つの大合併をへて再編された市町村は、さらに平成になり時代のニーズに合わせた再編合併を行うことになります。

その目的に関して、総務省の文書では以下のような5点が挙げられています。

ポイント

・地方分権の推進

・高齢化への対応

・住民の生活スタイル多様化に対する対応

・生活圏の広域化への対応

・地方自治の効率向上

平成の大合併は2003年~2006年の3年間を中心に行われますが、おりしもバブル崩壊後の長期低迷期に入っていて、国としては大合併により自治体ごとの規模を拡大し地方交付税などの地方への財政負担の軽減を図るという目的もあったのでしょう。

平成の大合併の経緯

平成の大合併は、昭和の大合併の際に制定された、合併特例法の改正により行われる事になります。

1965年に制定された古い法律を特例措置の拡充による市町村合併を推進する法律に改正され、同時に「市町村合併支援プラン」も打ち出されました。

プラン内容は要約すると、

合併しても地方交付税の減額は10年間据え置く

「合併特例債」の発行により、新たなインフラ整備を支援する

という内容でした。

平成の大合併は、この特例法の改正と支援プランの表明によりスタートをきったと言えるでしょう。

平成の大合併の成果は?

平成の大合併を実現させるために、政府は都道府県に対して「市町村の合併推進のための指針」を示し、各都道府県に対してエリア内の合併パターンの作成を求めました。

平成の大合併は、あくまでも市町村の自発的な発案の前提を取りながらも、かなり強力な推奨が存在していたように思われます。

そして、すべての都道府県において合併パターンは作成され、これをもとに政府は市町村数1,000を間接的な表現ながら目標を2000年12月の「行政改革大綱」で発表しました。

平成の大合併の結果

1999年に実質的な政府主導で行われた平成の大合併により、1995年に3,234存在した市町村数は、2006年には1,821にまで減少する結果となりました。

そして、平成の大合併により人口1万人未満および3万人未満といた小規模な市町村は大きく減少しています。

小規模の多くが平成の大合併により減少しました。これにより、日本の人口のおよそ90%が市の住民となっています。

平成の大合併の当初の目的である、市町村数1,000は達成できませんでしたが、合併の目的とするところは果たされたとも言えるでしょう。

平成の大合併の意義

平成の大合併により、日本の人口のほとんどが市の住民となり、より広域な地方自治体の体制は実現に近づいたとも言えますが、本当に当初想定されたようなメリットは生まれているのでしょうか。

2010年に総務省より発表された報道資料では、平成の大合併により住民サービスの高度化や広域的な街づくりには一定の成果があったと評価しています。

しかし、反面では「合併に取り残された周辺地域の疲弊」、「自治体の拡大化により住民の声が届きにくくなっている」なども課題も指摘されています。

また、あえて合併の道を選ばなかった市町村が独自のカラーを打ち出して元気になってきている事も最近ではニュースで見かけることがありますね。

平成の大合併の良かった面、良くなかった面なども冷静に分析して、これからの街づくりに生かしていくことが何よりも大切という事ですね。

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